ベントレー ミュルザンヌは「古くて新しい」格式のある旗艦モデルだった【10年ひと昔の新車】

2010年秋、アルナージの実質的な後継モデルとなるベントレーの旗艦「ミュルザンヌ」が新たに登場した。「ミュルザンヌ」という名はベントレーの情熱を象徴するとして、ル・マン24時間が行われるサルテサーキットのコーナーにちなんでつけられた。はたして「ミュルザンヌ」とはどんなモデルだったのか。Motor Magazine誌は上陸間もなく試乗テストを行っているので、今回はその時の模様を振り返ってみよう。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2010年12月号より)

伝統と格式を受け継ぎながら現代の技術で進化

ベントレーとロールスロイスが、それぞれ独自の道を歩み始めたのは、2003年のことだった。ベントレーはフォルクスワーゲングループに、ロールスロイスはBMWの傘下に入り、再出発を図ったのだ。当時はいろいろな捉え方があった。「イギリスの名門がドイツ資本の軍門に下った」というものから、まったく逆に「さすがはイギリスの名門、ドイツ資本は喜んで大枚をはたいた」というものまで様々だった。

あれから7年経つが、いま振り返れば2つの名門ブランドにとって、新しい道を歩んだことは「大正解」だったと思う。それはこの7年間に登場した商品を見ればわかることだが、ここに新たにミュルザンヌというベントレーの旗艦を目の当たりにして、その思いをより強くした。

コンチネンタルGTは新生ベントレーを象徴するモデルとして大ヒットとなったが、それとは別に、実質的なアルナージの後継となるモデルをどのように仕立てるのか、ということが大いに注目されていた。そして、登場したミュルザンヌは、ベントレーの伝統と格式をうまく受け継ぎ、さらに現代の技術でそれを発展させた見事な出来映えだったのだ。

さて、ミュルザンヌのスタイリングを見ると非常に落ち着いた気持ちになる。なぜだろうか。おそらく、この造形に奇をてらったところがなく、堂々とした正統派セダンのプロポーションだからだろう。馴染みやすい高級感に溢れているのだ。かと言って、このスタイリングに「古さ」を感じることもない。これが本当の「伝統美」というものなのだろう。多少の時間の流れなどは超越しているということだ。

ディテールを見ていこう。フロントにはもちろん伝統的なマトリックスグリルを採用している。その左右に大きな丸型ヘッドランプを配して、やさしい顔つきとしている。無用な威圧感がないところが特徴と言えるだろう。ボディはスチールモノコックだが、フロントフェンダーはアルミ製だ。この複雑な造形をアルミで実現するために、航空機産業のスーパーフォーミングという技術が使われたという。

サイドにまわると、Dピラー(ベントレーは前がAピラーで、中央がB、Cピラー、後ろをDピラーと呼ぶ)の厚みが目立つ。そして全体的には長いボンネット、短いフロントオーバーハング、長いリアオーバーハングで、これが正統派セダンのプロポーションの見本ということになる。

インパネまわり、そしてインテリア全体の質感は非常に高い。実はミュルザンヌの全製造プロセスのうち、ほぼ半分にあたる170時間あまりがインテリアの製作に費やされているというのだ。それも納得させられる。そして、60GBハードディスク付きナビゲーションシステムをはじめ、携帯電話をブルートゥースで接続可能なマルチメディアシステム、iPod、USB接続コネクターなどが美しいインパネまわりに違和感なく装着されている。

ここぞというときには1020Nmという最大トルクが2585kgのボディをグイグイと引っ張る。

底知れぬトルクに驚愕、走り全般に深みがある

走り出すと、まず「いいなあ」と思うのが、手応えがしっかりとしたハンドルの重みだ。いかにも重量級のFRモデルという印象で、このステアフィールを味わっているだけで楽しい気分になる。エンジンはこれまた伝統に則って、排気量が6.75LのV8 OHVツインターボだ。1750rpmという低回転から最大トルクの1020Nmを発揮する。

すると低速域でアクセルワークに気をつかうのではと思われるかも知れないが、まったくそんなことはない。感覚的にはアクセルペダルが2段階になっていて、通常は1段目でゆったりと走り、いざというときにはちょっと踏み込んで2段目に入れる、そういうイメージだ。少しだけ「2段目」を試してみたが、1020Nmの威力は半端ではない。あっという間にアクセルペダルを戻すことになった。

動力性能に関することでは、このV8エンジンはクルージング時に4気筒を休止させるシステムを持つこともトピックだ。これにより燃費向上を果たしている。トランスミッションは高級車の定番であるZF社製8速ATで、これには文句のつけようがない。

さて、走りの印象全般だが、ミュルザンヌには「深み」がある。クラスは違うが同時期に試乗させてもらったゴーストの走りは「明快」である。それぞれの持ち味だ。イギリスの名門ブランドの素晴らしさを存分に味わえた、いい1カ月だった。。(文:Motor Magazine編集部 荒川雅之/写真:玉井 充)

リアスタイルの特徴のひとつは楕円形状のテールパイプだ。そしてこれに呼応するように、リアコンビネーションランプ内には、LEDによる3つの楕円形が浮かび上がっている。

ベントレー ミュルザンヌ 主要諸元

●全長×全幅×全高:5575×1926×1521mm
●ホイールベース:3266mm
●車両重量:2435kg
●エンジン:V8OHVツインターボ
●排気量:6750cc
●最高出力:377kW(512ps)/4200rpm
●最大トルク:1020Nm/1750rpm
●トランスミッション:8速AT
●駆動方式:FR
●0→100km/h加速:5.3秒
●最高速:296km/h
●車両価格:3380万円(2010年当時)

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