岸田首相来伯歓迎特別号=日伯経済深化に期待高まる=EPA締結の加速なるか?=8年ぶり首相来伯が後押しに

2005年のメルコスールの会議(Ricardo Stuckert/PR, via Wikimedia Commons)

 日本とメルコスールでは、貿易や投資を促進するためのEPA(経済連携協定)締結に向けた動きを2003年から経済界が中心になって始めていたが、首脳レベルでの動きは長年なかった。それが、今年1月に日伯電話首脳会議中にブラジル大統領のルーラ氏から岸田文雄総理大臣に対して通商協定の可能性を協議することが提言され、初めて正式な日本とブラジルの首脳会談の中で取り上げられたと報じられており、それが今回の岸田首相の来伯で大きな弾みをえることが期待されている。ブラジル日本商工会議所会頭を務める小寺勇輝氏(ブラジル三井物産社長)に、日伯間の経済関係強化とEPA締結における期待を聞いた。

国家プロジェクトの歴史と日系社会の重み

 日本とブラジルの間では50〜70年代初めにかけて様々な国家プロジェクトが実行された。ブラジルの造船業を支えたイシブラス、製鉄所のウジミナスやツバロン製鉄所(日伯伊三国合弁)、アルミニウム製錬のアルブラス、パルプ製造のセニブラ、セラード農業開発事業など大規模な投資が日本から行われていた。
 小寺氏は日本とブラジルの関係で一番土台になっているのが「日系社会」だと話す。世界最大規模を誇る約270万人いるブラジルの日系社会の存在は大きい。「我々、日本から進出している企業にとって、日本に対するブラジル人のイメージがすごく良く、信頼を置いてくれていることが仕事のしやすい環境を作ってくれている」のビジネスにおける日系社会の存在の重要性を語った。
 日系社会の存在はブラジルにとどまらず、南米の様々な国に根を張っている。アルゼンチン、ブラジル、パラグアイ、ウルグアイからなる南米4カ国(準加盟国はチリ、コロンビア、エクアドル、ガイアナ、ペルー、スリナム)で構成されている関税同盟「メルコスール」の多くで日系社会は存在感を見せている。

貿易協定の有無が経済関係に影響を与える

JETROが公開している日本企業の投資額(出所:ブラジル中央銀行)

 日本貿易振興機構(JETRO)によると、2021年に日本からメルコスール加盟国に進出している企業数は1021社。同報告書の中では、953社が進出しているカナダや960社のイギリスの他国と比較されているが「1千社以上の進出はすごい数」だと小寺氏は強調する。
 一方で、日伯間の貿易関係を見ると、日本のプレゼンスが低下してきていることが分かる。2000年と22年を比較したデータによると、日本からブラジルへの輸出が24位から25位へあまり変化は見られないが、輸入が25位から17位に上昇している。逆にブラジルから日本との貿易を見ると、輸出先として5位だったのが9位、輸入国4位から10位に両方の順位が下落している。この20年間で日本とブラジルの通商・貿易関係は弱まったことが分かる。
 ここ20年間のブラジルとの貿易関係で大きく躍進したのが中国だ。2000年の時にブラジルにとって輸出も輸入も12位だったのが、22年には両方とも1位になっている。2018年以降では日本企業からのブラジルへの直接投資額は、2020年にピークを迎えた約20億ドルから2022年は約7・5億ドルへと大幅に低下している。
 なぜブラジルと日本の経済関係が弱体化し始めているのか。原因の一つとして挙げられるのは、自由貿易協定(EPA)の未締結が影響していることだ。一方で、現在はメルコスールとのFTA締結に向けてEUや韓国が交渉を始めている。
 EUがブラジルに輸出しているものでは、日本と輸出金額ベースで8割強、輸出品は完成車や部品などの自動車関係が特に多く、品目ベースだと98%が重なっている。EU間とのFTAが締結されると日本からの輸出が高くなり、貿易に影響を及ぼすことになる。また、韓国による技術提供が日本の多くの技術と競争し、劣勢に立つことになる。

「ASEANも大事だが、メルコスールも十分に大きい」

40年間、三井物産で活躍してきた小寺氏。日本とメルコスール間のEPA締結に期待を高める

 日本は金額ベースで貿易国の約8割とEPAやFTAを結んでおり、世界的に見てもメルコスールとアフリカとの協定が残されている状況にある。日本とメルコスールの自由貿易協定が未締結なのは、日本にとって大きな損失になる。
 なぜこれまで日本とメルコスール間の自由貿易協定に進展がなかったのか。「一番大きい理由と言われているのが、ブラジルの農畜産物は安くて競争力があり、日本の農畜産業界に影響を与えるのではないか」という懸念点だという。小寺氏は「今、特に気にしているものが牛肉だと言われているが、ブラジル産牛肉が競争するのはオーストラリア産のオージー・ビーフやアメリカ産USビーフであり、日本の和牛と異なることから競争しあうものではないことを説明する必要がある」と話す。
 メルコスール側は日本の工業製品が入ることにより、地元製造業が困るというような見方があるが、小寺氏は競争するものは少なく「抵抗感が強いのはどちらかというと日本。したがって日本の経済界が日本政府に働きかけを行っている」と語った。
 去年2月から3月にかけて経団連からメルコスールに進出している日系企業に対するアンケート調査によると、93%の企業がEPAの必要性を「非常に必要性を感じる」もしくは「ある程度必要性を感じる」を答えている。
 メルコスールの2019年の名目国内総生産(GDP)は約4・6兆ドルで、世界で5位の経済圏となっている。中でもブラジルは最多の人口約2億人、GDPは約2兆ドルであり、小寺氏は「日本にとっては近くのASEAN(東南アジア諸国連合)も大事だが、メルコスールはマーケットとしても十分に大きい」と指摘する。

今年から来年にかけてタイムリーな時期

 去年の4月にリオで開かれた日伯経済賢人会議でEPA締結について話題に上がり、両国首脳に報告書を提出している。今年は2024年の早期課題をEPAの早期締結だとして、再び両国の首脳に送られている。さらに、去年の11月に経団連が主催したシンポジウムでは、在日本メルコスール加盟4カ国の大使が参加して、EPAの早期締結の必要性に対する提言書をまとめて岸田首相に提出している。
 このような背景から、今年の1月にブラジル大統領のルーラ氏と行われた電話首脳会談で自由貿易協定が取り上げられたことに続き、今回の岸田首相のブラジルの外遊は、今年の何らかの動きに対する予兆かもしれない。小寺氏は今年開催されるG20と来年迎える日伯外交樹立130年を挙げ、「今年から来年にかけてとてもタイムリーな行事がある。ここで何か動くかもしれない」と期待を大きく高めている。

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