川栄李奈「雨穴さんは雨穴さんとして徹底されてました」映画『変な家』撮影現場でファンだった原作者と邂逅、舞台『千と千尋の神隠し』同世代で活躍するあの女優の存在

川栄李奈 撮影/冨田望

現在、舞台『千と千尋の神隠し』に出演するなど、役に真摯に向き合い続ける、川栄李奈さん。THE CHANGEでは、これまで掲載した記事の中から連休中にぜひ読んでおきたい、特に反響の高かった記事を再掲いたします(初出:2024年3月29日)。

2010年、AKB48研究生として公演に立ったことをきっかけに、芸能界でのキャリアを築いてきた川栄李奈。2015年にAKB48を卒業して以降は、俳優として活躍。上白石萌音、深津絵里らとトリプル主演した2021年の連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』、同年の大河ドラマ『青天を衝け』をはじめ、その実力を認められてきた。現在も動画投稿サイトなどで話題を呼んだ、ウェブライターでユーチューバーとしても活動する雨穴による書籍の映画化『変な家』で、その巧さを十分に見せている。そんな川栄さんのTHE CHANGEとはーー。

主演ドラマ『となりのナースエイド』(日本テレビ系)が、3月に最終回を迎えた川栄さん。スクリーンでは、ウェブライターで、覆面作家として活動する雨穴による同名小説を映画化した『変な家』が大ヒット公開中だ。物語の鍵を握る女性・柚希を絶妙なバランスで演じて、演技力の高さを証明している。そんな川栄さんが、アイドルグループAKB48の一員だったのは、みなの知るところ。川栄さん自身、自分が俳優に転身するとは、当初はあまり考えていなかったようだ。

「私自身のTHE CHANGEとなると、やっぱりAKB48に入ったこと、そして卒業したことです。その2つが、一番人生が変わった出来事だと思います。もともとオーディションを受けたときも、受かるとは思っていなかったので、軽い気持ちで受けていて。劇場公演があるのも知らなかったくらいです。レッスンに行かなきゃいけないとか、そういったスケジュール感も全然なくて。それで学校に通えなくなったりして、10代で、大きな変化が起きました」

『マジすか学園』では何十人といる生徒の中のひとり

――その忙しいなか、お芝居をしてみたら楽しくなっていったと。

「そうです。AKB48に入って、いろいろなことを覚えることに必死で辛いことが多かったのですが、その中で、ドラマに出させてもらったときにすごく楽しいと思えたんです」

――最初に楽しいと思えた瞬間は。

「最初に『マジすか学園』※に出たときです。何十人といる生徒の中のひとりでした。朝4時くらいに集合して、撮影が始まったのは夜の9時くらい。みんなでずっとレジャーシートの上で寝ながら待機していました。めちゃめちゃ大変だったはずだし、その結果も一瞬しか映らなくて、それもほんの隅っこ。でもそれがすごく嬉しくて。自分が“ドラマに出てるんだ!”って。テレビっ子だったんです。それでドラマがすごく好きで。歌番組に出るよりも、ドラマに出ることのほうが嬉しかったんですよね」

※AKB48、およびその姉妹グループの主演で制作された学園ドラマシリーズ。

――現場よりも出来上がった映像を見たときに嬉しかった?

「両方です。現場も嬉しかった。『マジすか学園』に出られますと言われた瞬間、すっごく嬉しくて。セリフも全然ないし、本当に何十人いるなかのひとりでただ立ってるだけだったんです。でもすごく嬉しくて楽しくて。出来上がった本編を見ても、たぶん2秒映ったかどうかくらいだったんですけど。引きの画の端っこで。それでもめちゃくちゃ嬉しかった。“お芝居したい!”と思ったきっかけです」

――「もっと映りたい!」と?

「もっとちゃんとお芝居したいと思いました。その時には、人に見てもらいたいとか、見た人に何か感じて欲しいとか、そういったことまでは思っていなかったのですが。ただお芝居をして、ドラマに出たいと思っていました。今は、“面白いです”“毎週楽しみにしています”と言ってもらえることがすごく嬉しいです。舞台も“観に行くのを楽しみにしています”とか、私が演じていることで、その人の生活が少しでも楽しいものになったり、潤ったりしていたら、嬉しいなと思うようになりました」

――当時、「ちゃんとお芝居したい!」と思ったその気持ちは、周囲に伝えたのでしょうか。

「いえ、言わなかった、言えなかったです」

――そうなんですか? 今の川栄さんには、「朝ドラのヒロインを演じる」「大河ドラマに出たい」と言ったことを言葉にされて、実現してきた有言実行の人という印象があります。

「もともとは言えるタイプじゃなかったんです。でも『マジすか学園』が自分たちの世代がメインになっていったりして、出させていただく機会も増えて、思いが強くなっていきました。どんどん俳優になりたいという気持ちが大きくなっていって『ごめんね青春!』※に出させてもらったときに、卒業を決意しました。同世代の役者さんたちと一緒にお芝居をさせてもらって、学ぶことが本当にたくさんありましたし、楽しいなという思いがより強くなったので、“お芝居がしたいので卒業します!”と気持ちがはっきりしました」

※(2014年、日本テレビ放送のドラマ。宮藤官九郎のオリジナル脚本による学園コメディで、主演を錦戸亮が務めた。川栄さんは錦戸さん演じる主人公の高校教師が受け持つクラスの生徒のひとりを演じた)

――では、自分の気持ちをはっきりと伝えられるようになったのは、逆に言うと、やりたいことがはっきりと見えるようになったから、言葉も出てくるようになったのでしょうか。

「そうですね。それまでやりたいことも特になく、目標も特にありませんでした。だから俳優としてやっていくと決めた瞬間、自分自身が変わったのだと思います」

「芝居」に出会って、目標を見つけ、自分自身をつかんだ川栄さん。そこからいまへと道が続いている。

公開中の映画『変な家』に出演している

爽やかな上下白の衣装。可愛らしくキュートな空気をまといながら取材部屋へと入ってきた川栄さんが、「ホラーはすごく好きですし、自分自身が殺人鬼とか、そういった役もやってみたいです」とにこやかに笑って見せた。

かねてホラーが大好きなことを公言している川栄さん。しかも人間と人間を繋ぎ合わせるという、日本でもカルト的な人気を誇り続けるホラー映画『ムカデ人間』が好きというからなかなかである。そんな川栄さんが現在出演中なのが、ウェブライターで覆面作家・雨穴さんのYouTube動画と連動したミステリー小説を映画化した『変な家』。

「お話をいただいたときは、すごく嬉しかったです。たまたまTikTokとかでも盛り上がっていて、YouTubeの動画がバズっているのを知りました。それで動画を見たんですが、そのすぐあとにお話をいただいたんです。この作品はホラーではないですが、人間の怖さというか、これは何なんだろうという謎な部分がすごく多い作品で、そういった作品に携わることが、これまでにそんなになかったですし、とても嬉しかったです」

原作者の雨穴さんも現場に

――ホラー好きとしては、特に後半、動画クリエイターの雨宮(間宮祥太朗)と設計士・栗原(佐藤二朗)と共に向かった“本家”での撮影など、面白い体験だったのではありませんか?

「本当の洞くつでずっと撮影していたんです。そこでアクションシーンを撮ったりして」

――本当の洞くつだったんですか!?

「そうなんです。森の中にある実際の鍾乳洞でした。足場も悪いですし、狭いですし。かなり環境の悪いなかだったので、撮り終わったときは、“終わった~、頑張ったぁ”という感じでした(笑)」

本編後半、“本家”当主に石坂浩二、その妻に根岸季衣、親戚に高嶋政伸と、かなりクセの強い俳優陣が参戦。そこで映画ならではの怒涛の展開が繰り広げられていく。

――ミステリーやホラーの現場は、作品の空気とは違って逆に明るいと聞いたりもしますが、本作の現場はいかがでしたか?

「和気あいあいとしてました。石川淳一監督もすごく優しい方で。作品とは全然違う空気感でした。普通にみなさんオフのときはたわいもない会話をして、急にシリアスなお芝居を始めるといった感じでした」

――現場に作者の雨穴さんもいらしたと聞きました。

「はい。でも雨穴さんは雨穴さんとして徹底されてました」

―雨穴さんとして徹底(笑)。

「そうなんです。なのでご挨拶だけして動画を撮っておしまいでした。“ちゃんと雨穴さん”をされてました」

――出来上がった作品をご覧になった感想はいかがでしたか?

「すごく面白かったです。不思議な、ゾクッとする感じが新しい作品だなと思いました。最後までゾクゾク、ドキドキするような感じでした」

確かに柚希の出演シーンの最後も、さらにそのあとのラストも、展開は続く。

舞台『千と千尋の神隠し』の稽古舞台の日々

「出遅れている感がすごくて、不安しかないんですけど」

そう苦笑いした川栄さん。

現在、映画『変な家』が大ヒット公開中の川栄さんだが、早くから大きな注目を集めていた、橋本環奈、上白石萌音、福地桃子とクワトロキャストで主演を務める舞台『千と千尋の神隠し』もスタートしていた。しかし川栄さんの千尋としての初日は、3人から遅れての27日。取材したのは、そこに向けて稽古の日々が続いている時だった。

これまでに「朝ドラのヒロインを演じる」「大河ドラマに出る」との目標を掲げて、見事に叶えてきた川栄さんだが、そういえば、海外に関連した目標はあまり聞いた記憶がない。本舞台は、日本での地方公演の後、ロンドン公演も決まっている。

「確かに海外にという目標は今までなかったですね。そもそも舞台にあまり出てこなかったですし」

――しかしAKB48を卒業してすぐに、『AZUMI』で舞台に立って評価を得ました。

「舞台はやっぱり大変ですし、出る前にすごく緊張しちゃって、あまり“楽しかった”と終われたことがないんです。プレッシャーのほうが強くて。舞台が好きですと言えるほどの経験もないですし、実は今まであまり出ないようにしていました。でも今回、5年以上ぶりに舞台に立たせてもらいます。帝国劇場、そして地方と海外。すごく貴重な経験だと思います。今しかできないことだと思うので、楽しんで終われたらなと思っています」

ロンドン公演は日本より逆に緊張しないのかも

――舞台はプレッシャーが大きいけれど、それでも今回の舞台はやらねばと。

「(上白石)萌音ちゃんの初演の舞台を観ていたんです。そのときに凄さを感じていたので、やりたいと思ったのだと思います」

――ロンドン公演へ向けてはいまどんな気持ちですか?

「日本でやるよりも逆に緊張しないのかなと思っています。皆さん、私がどんな人間かも知らないし、年齢もよく知らない。本当に千尋として舞台に立てると思うんです。だからロンドン公演への緊張はそんなにしていないです。日本で立つほうが、“川栄が千尋をやる”というプレッシャーがあると言いますか。“29歳が10歳を”みたいに見られるかなとか(笑)。いろんな想像をしてしまいがちなんですよね。ちゃんと完ぺきな10歳に仕上げないと、と思ってしまったり。なので、自分を知られていないところに行くほうが、役として伸び伸びできるんじゃないかなと思っています」

――では、舞台は「今まであまり出ないようにしていた」とのことですが、今回、海外公演という新たなチャレンジが加わったことによって、逆にワクワクに転じそうですか。

「ワクワクというか、海外に行ってお芝居を見せるというのは、初めてのことです。その経験は、自分の役者人生のなかで、すごい大きなものになるんじゃないかなと思っています」

いま現在も、俳優として着実に評価を受けてきている川栄さんだが、この舞台でさらに大きなものを得て「CHANGE」するかもしれない。作品を受け取っていく側としても、とても楽しみだ。

芸能界で大事なことはご縁や運

「いま、すごく不思議なんです。芸能界にいるのが」

そう口にする川栄さん。アイドルグループAKB48のメンバーとして活躍し、俳優に軸を移してからも、休むことなく突き進んできた。菅田将暉が主演を務め、永野芽郁、上白石萌歌、今田美桜らと共演して社会への問題提起も話題になった『3年A組-今から皆さんは、人質です-』(日テレ系)や、トリプル主演を務めた連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』(NHK)、現在は映画『変な家』が大ヒット公開中。さらに6月には映画『ディア・ファミリー』の公開が控える。挙げ始めたらキリがない。それでも川栄さん本人は「引っ込み思案で、発言とかもできないタイプだった」と話す。

しかしいまでは若き実力派として、各方面から声のかかる頼れる存在になっている。

「この世界(芸能界)って、ご縁と運が大事だと思っています。作品もですが役も自分に合っているかとか、こんなにたくさんの女優さんがいるなかで、自分を選んでもらえるというのは、やっぱり縁や運だなって。だからこそ選んでもらえることを目標に、日々の生活を送り、作品のなかで結果を残していきたいと思っています」

――縁だからこそ、次につながるようにひとつひとつを大切に、結果を残してきたと。役とも縁だとのことですが、あえて挙げるなら、自分の強みはなんだと思いますか?

「なんにでもなじめることかな。顔もわりと薄いですし。特別かわいいとかでもないですし。そこら辺にいそうなタイプだというのが、強みかなと思っています」

――そこら辺にはいないと思いますけども。ただ朝ドラでヒロインをやっていたとき、大阪での長期ロケ撮影の際に、街を歩いていても声をかけられなかったと聞きました。

「かけられないです。いまでも全くかけられないです。“なじむ力”がすごくあるのかもしれないです」

俳優の光石研から影響を受けた

――たくさんの方とお仕事されてきたと思いますが、影響を与えてくれた先輩をひとり教えてください。

「光石研さんがすごく好きです。光石さんにお会いできたのは、とても大きいと思っています」

――光石さんはデビューが『博多っ子純情』(1978)ですから、子役から俳優を続けている大ベテランですね。

「お芝居ももちろんですが、人間性が好きなんです。こんなに作品に出続けているのに、礼儀といったことを一番大切にされている感じがすごく好きです」

――ベテランの方や大御所の方ほど、腰が低かったりしますね。

「作品に出続けている方々は、もちろんみなさんお芝居がうまいですし、共通して優しいです。人間的に尊敬する部分がたくさんあって、わたしもそうありたいなと思います」

「なじむ力」がすごいのは、自然な演技力に長けている証だろう。そういった技術に慢心することなく、先輩の優しさや礼儀に尊敬のまなざしを向け続ける川栄さん。まだ29歳。自らの力で縁をつないで、ますますいろいろな役や作品を見せていってくれるに違いない。

川栄李奈(かわえい・りな)
1995年、2月12日、神奈川県出身。2015年にAKB48を卒業してほどなく、舞台『AZUMI幕末編』、翌年『戦国編』で主演を務めて好評を得る。その後連続テレビ小説『とと姉ちゃん』(NHK)『3年A組‐今から皆さんは、人質です‐』(NTV)大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』(NHK)『家政夫のミタゾノ』(テレビ朝日)などに出演。トーク番組『A-Studio』では10代目のアシスタントを務めた。ほか主な出演作に映画『亜人』『センセイ君主』『恋のしずく』『泣くな赤鬼』、ドラマ『夕凪の街 桜の国 2018』『青天を衝く』『となりのナースエイド』など。現在、映画『変な家』が公開中、舞台『千と千尋の神隠し』で千尋役を演じている。

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