『スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還』エディプス・コンプレックスの克服を巡る最終章

『スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還』あらすじ

帝国軍がより強力な第2デス・スターの建造を進める中、反乱軍の艦隊は総力を結集し、その巨大な宇宙ステーションに攻撃への攻撃準備を計画していた。一方、ルーク・スカイウォーカーは、ダース・ベイダーとの最後の戦いに臨む。

第一候補だったスピルバーグ


スティーヴン・スピルバーグ、ポール・バーホーベン、デヴィッド・リンチ、デヴィッド・クローネンバーグ。錚々たるビッグ・ネームばかりだが、彼らは皆『スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還』(83)の監督候補として名前が挙がったフィルムメイカーだ。

特にスピルバーグは、ジョージ・ルーカスにとって旧3部作(オリジナル・トリロジー)完結編を迎えるにふさわしい第一候補だった。仲間内で『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』(77)の試写を行ったとき、その先進的すぎるスタイルに皆が戸惑いを見せるなか、ただ一人スティーヴン・スピルバーグだけが「こいつは史上最大の映画になるぞ!」と大絶賛。『スター・ウォーズ』の作曲家にジョン・ウィリアムズを推薦したのも、『ジョーズ』(75)でその才能に感銘を受けたスピルバーグである。

だが、アメリカ監督組合(DGA)がスピルバーグの参加を許さなかった。『スター・ウォーズ』の代名詞といえば、「遠い昔 はるかかなたの銀河系で…(A long time ago in a galaxy far, far away....)」で始まる独特なオープニングクロール。バックストーリーを説明するテキストが画面上方に向かって消えていくスタイルで、スタッフのクレジットは一切流れない。だが本来、主要スタッフは冒頭から表記するのがアメリカ映画の流儀。

おそらくこれだけの大ヒット作品になるとは思っていなかったこともあって、DGAはイレギュラーなオープニングを許可したものの、続編の『スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲』(80)ではオープニング・クレジットの使用を求める。もちろんルーカスは、オープニングクロールを崩したくない。罰金を払ってなんとか事を収めたものの、頭に来たルーカスはDGAから脱退してしまう。当時DGAに加入していたスピルバーグが、『ジェダイの帰還』の監督を務めることは困難になってしまった。歴史を回想するときには「If もしも」がつきものだが、いち映画ファンとしては、「もしスピルバーグが『スター・ウォーズ』を監督していたら?」と夢想せずにはいられない。

そのスピルバーグが『ジェダイの帰還』の監督に推薦したのが、ポール・バーホーベン。戦争ドラマ巨編『女王陛下の戦士』(77)を観て、彼はその才能を高く評価していた。だが『SPETTERS/スペッターズ』(80)を観るなり、その提案を取り下げる。あまりにもお下品でお下劣な内容に、「『スター・ウォーズ』の監督には不適切」と思い直したのだろう。

後年バーホーベンは、「ジェダイたちがすぐ発情してしまうような映画になると思ったんだろうね」と冗談めかして語っているが、もし本当に彼が『ジェダイの帰還』を演出していたら、『スターシップ・トゥルーパーズ』(97)のような異形の傑作になっていたかも。いや、そんな可能性は1ミリもないんですが。

ふたりの“デヴィッド”


ルーカスが次に目をつけたのが、デヴィッド・リンチ。『イレイザーヘッド』(76)という風変わりな実験映画で頭角を現し、『エレファント・マン』(80)で作品賞を含む8部門でアカデミー賞にノミネートされた実績を持つ奇才。作品に登場するクリーチャーの造形をみれば、彼が特殊効果に長けていることも明らかだった。だが、リンチ曰く『ジェダイの帰還』に対して「関心はゼロ」。ルーカスに招かれて映画の説明を受けていたときも、「頭が痛くなってきた」と語っている。

「家に帰る前に、電話ボックスにもぐりこんで、エージェントに電話して言ったんだ!“こんなことできるわけがない!”ってね。(中略)翌日、ジョージに電話で“君が監督すべきだ”と伝えた。彼の映画だし、彼がすべてを考案したんだ。でも、ジョージは監督業が好きではなかった。だから他の人が監督したんだ。私は弁護士に電話して、“監督をするつもりはない”と伝えたよ。彼は、“君は何百万ドル失ったかわからないよ”って言ったけどね」(*1)

リンチがダメなら、もう一人の“デヴィッド”だ!ということで、今度はデヴィッド・クローネンバーグに白羽の矢が立つ。超能力者たちによる壮烈なサイキック・ウォーズを描いた『スキャナーズ』(81)で、彼はカルト的な人気を得ていた。だが彼は、監督打診の電話に「私は他人の素材を演出することには慣れていません」とスゲなく答え(本人は若さゆえの傲慢さだったと語っている)、あっさりその申し出を断ってしまう。すでに確立されたシリーズに関与することに、クローネンバーグはクリエイティブ上の魅力を見出せなかったのだ。

「主要人物のキャスティングは決まっていて、ルックも、トーンも、人々の期待も、すべて決まっている。創造性に関与できない。だから、クリエイティブ・ディレクターというよりは、交通整理に近い。だから私には興味がなかった」(*2)

『スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還』予告

最終的に『ジェダイの帰還』の監督の座を射止めたのは、ウェールズ出身のリチャード・マーカンド。第二次世界大戦下を舞台に繰り広げられるスパイ・サスペンス映画『針の眼』(81)が、ジョージ・ルーカスの目に止まったことで、運命の歯車が大きく回り出す。プロデューサーのハワード・カザンジアンを通じて、彼は監督候補のリストにどんな名前があるかを知っていた。

「たくさんの名前があった。そして、その数は徐々に減り、私とアメリカ人監督だけになった。そのとき私はこの仕事に就かなければならないと悟り、この仕事を本当に大切に思うようになったんだ」(*3)

エディプス・コンプレックスの克服


リチャード・マーカンドは、『帝国の逆襲』を「アーヴィン・カーシュナー監督のスタイルは、よりダークでメタリックな第2章にとても合っていた」と評している。だが実際には、『ジェダイの帰還』も非常にダークな作品だ。何しろ主人公のルーク・スカイウォーカーが、ほとんどダークサイドに片足を踏み入れているような状態なのだから。

まるで柔道着のように純白の衣装に身を包んでいたルークは、『帝国の逆襲』で灰色の衣服をまとい、『ジェダイの帰還』では黒いローブを身にまとう。彼は着実にダークサイドに侵食されている。絶対的ヒーローがダークサイドとライトサイドの狭間で揺れ動くからこそ(いや、ほとんどダークサイドに転落しそうになっているからこそ)、このスペースオペラは人間ドラマとして奥行きを持ち得ているのだ。

皇帝パルパティーンの眼前で、ルークとダース・ベイダーは剣を交える。そしてベイダーはルークの心を読み取り、双子の妹の存在を知る。「お前がダークサイドに入らなくても、妹なら…」と揺さぶりをかけた瞬間、ルークは烈火のごとく怒りに燃え、ダース・ベイダーの右腕を切り落とす。母親に対して強い愛情を抱き、父親に対して敵意を向けるエディプス・コンプレックスが、母=妹に置換された形で現れている。

(C)2024 Lucasfilm Ltd.

かつてルーク自身も、クラウド・シティの戦いでベイダーに右腕を切り落とされていた。それは、父親からの強制的な“去勢”に他ならない。そして今度は、子が父親に対して“去勢”を実行する。父親を乗り越える。恐れ慄いていた去勢コンプレックスを克服した瞬間、ルークはダークサイドを抜け出して我に返る。『スター・ウォーズ』とは父と子の物語であり、エディプス・コンプレックスにまつわる物語でもあるのだ。

ルーク・スカイウォーカーを演じていたマーク・ハミルも、この隠されていたサブテキストに敏感だった。「ダース・ベイダーが死んだあと、ルークがそのヘルメットを被る事で、彼の未来に不吉な影を落とすことを暗示する」というアイデアを、彼はルーカスに提案したという。それは将来、ルーク自身がエディプスの父親になることを予感させるものだ。もちろん、こんな曖昧なエンディングは『スター・ウォーズ』にふさわしくないと、ルーカスは却下する。

思えばテレビドラマ「ツイン・ピークス」(90~91,17)は、主人公のクーパー捜査官がブラックロッジに足を踏み入れ、闇に取り込まれてしまう物語だった。デヴィッド・リンチが『ジェダイの帰還』を監督していたら、マーク・ハミルのアイデアを採用して、より禍々しい輪郭を帯びたシリーズになっていたかもしれない。

帝国軍との戦いに勝利し、惑星エンドアでイウォークたちと勝利の余韻に浸るなか、ルークは“黒い服”のままで父親を荼毘に付す。ハン・ソロやレイアと抱擁を交わしても、その表情はどこか寂しげだ。父親を死に追いやっても、母親=妹に対する感情は満たされないまま。永遠に成就することのないレイアに対する恋慕が、エンディングの寂寥感に繋がっている。もしポール・バーホーベンが『ジェダイの帰還』を演出していたら、その匂いはより濃厚になっていただろう。

この映画を思い返すときは、いつだって「If もしも」が頭をよぎってしまう。それもまた、映画ファンの特権だ。

(*1)https://www.denofgeek.com/movies/star-wars-david-lynch-return-of-the-jedi/

(*2)https://ew.com/movies/2018/09/28/david-cronenberg-return-of-the-jedi/

(*3)https://originaltrilogy.com/topic/Interview-With-Richard-Marquand-Director-of-Return-of-the-Jedi-June-1983/id/13176

文:竹島ルイ

映画・音楽・TVを主戦場とする、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン「POP MASTER」(http://popmaster.jp/)主宰。

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