空間コンピューティングは“自然である”ことと見たり――VR愛好家による『Apple Vision Pro』評

筆者は2018年よりVRデバイスを愛好している。これまで買ったVRヘッドセットは10台以上。先日は『Bigscreen Beyond』を注文した。置物にしていることはなく、いまも毎日、『VRChat』を中心としたVRコンテンツのために、VRデバイスをかぶり続けている。

そんな人間が、“あのデバイス”ーー空間コンピュータ『Apple Vision Pro』に興味がないと言えば、まったくもってそんなことはない。筆者はApple社が満を持して世に送り出したヘッドセット型デバイスに、大きな興味があった。その9割は、多くの読者同様「実際にかぶってみたい」という好奇心に尽きる。

そんな欲求を悟ったのか、リアルサウンド テック編集部の担当編集がとある場所へ筆者を誘ってきた。株式会社STYLYのオフィスだ。先日にはKDDI株式会社、J.フロント リテイリング株式会社とともに共創型オープンイノベーションラボ「STYLY Spatial Computing Lab」を設立した、日本でも有数のXR企業で、なんとSTYLYは『Apple Vision Pro』を10台以上も保有しているのだという。

そんなSTYLYの完全なご好意で、『Apple Vision Pro』を体験する機会をいただいた。本記事にて、VR愛好家の視点から、世界を驚かせている空間コンピュータの素朴な感想を連ねていこう。

■パススルー性能は誇張抜きで“肉眼そのもの”

『Apple Vision Pro』の構造はシンプルである。本体部分になる正面パーツと、後頭部を覆うストラップで構成された、XRデバイスでも鉄板の形状だ。顔面に本体を押し付けながら、ストラップを後頭部にはめる。必要に応じて、ダイヤルを回して締め付けを強めることもできる。

電源は外部バッテリーから給電する方式。バッテリーから伸びるケーブルを左側面に接続することで電源が入るという、割り切った構造だ。稼働時間はおよそ2~3時間のようだ。

装着そのものに特筆すべきことはない。しかし、装着直後に静かな驚きがやってくる。『Apple Vision Pro』はヘッドセット外部の空間を映像として表示するデバイスだが、あまりに映像が鮮明すぎる。

よくある「肉眼レベル」という表現ではない。鮮明さも、なめらかさも、“肉眼そのもの”だった。VRデバイス外部に備えたカメラからの映像で外界を表示するいわゆる「パススルー」という方式では、筆者が体験した中でもダントツの画質と断言できる。

映像美に驚いているなか、キャリブレーションが始まる。やることは「手と目の動き」の登録だ。まずは両腕を前面に突き出し、読み込む。次に視線の動きを検知できるよう、指示に従ってマーカーを目で追う。視線がうまく検知できると、小気味良いSEが鳴り響くので、親指と人差し指で“つまむ”動作をして確定させる。視覚的にも華やかで、チュートリアルとしてよくできている。

■10分ほどで「操作」を意識しなくなる おどろくほど自然な操作体系

キャリブレーションが済めば、『Apple Vision Pro』は準備完了だ。デバイスを操作するのにコントローラーの類は使わない。必要なのは「視線」と「指の動き」だけだ。

目的のアプリなどを“注視して”、親指と人差し指で“つまむ”。それだけで、『Apple Vision Pro』の大半の操作は実現する。

精度そのものは必要十分といったところ。指による決定操作は、手の位置取りによってはたまに認識しないこともある。しかし、この操作体系を、特段意識せずともこなせてしまうことに、なにより驚かされる。10分程度さわってみただけで、空間に広がるコンピュータが、自分の思いのままに動くようになった。

それでいて外界も完璧に表示される。距離感まで適切に表現されるため、かぶったまま歩き回ることもできる。動作にあたって空間のキャリブレーションも必要ないので、どこまでも歩いていける。「Vison Proをかぶって街を歩くこと」もたやすいだろう。

せっかくなので、いくつかエンタメコンテンツも体験してみる。まずは、Apple公式コンテンツのひとつ『Encounter Dinosaurs』だ。眼前に迫る恐竜を楽しめるショートムービー的なアプリだ。

前座として、タイトルロゴにとまる蝶が、こちらに向けて飛んでくる。ここで人差し指を立てていると、指先に蝶がとまる。まるで生きているかのようにリアルで、本物の蝶のような動きだ。なにより「人差し指を立てている」という状態をすんなり認識していることにおどろかされる。

その後、眼前に「異空間の窓」のように恐竜時代の世界が現れ、獰猛な肉食恐竜が登場する。モニターかと思われたそれは「窓」と呼ぶべき、奥行きを持つもの。左右へ動けば見え方が変わるし、なにより恐竜はこちらへ頭を突き出してくる。

頭をなでたり、はたいたりすると、それに応じた動きをしてくれるのもおもしろい。2回体験したが、こちらの行動によって恐竜の動きが動的に変化していた。

あわせて、XRプラットフォーム『STYLY』のコンテンツも体験させてもらった。アプリはもちろん、すでに一部コンテンツは『Apple Vision Pro』対応が進んでおり、STYLY社としても注力して開発を進めているものだ。

多くは3Dオブジェクトを現実空間に呼び出すシンプルなものだが、なにせ現実空間の描画力が最高クラスゆえに、3Dオブジェクトも違和感なく眼前にあらわれる。やろうと思えば現実世界の光源情報すら反映させられるらしく、午前の外光があたってテラテラと光る車の3Dモデルは、現実のそれといよいよ境目がわからない。

インタラクティブコンテンツもいくつか体験した。自分の周囲を塗り替えるMV的なものや、自由に楽曲を選んで再生できる蓄音機など、いわゆる「VR」や「MR」と呼ばれ得る表現も難なく実現できる。特に蓄音機のコンテンツは、宙空に浮かぶ楽曲のジャケットを「指で選ぶ」だけで再生できるのが、地味ながら大きな驚きだ。ここまでシンプルな「選ぶ」操作を、たやすくやってのけたデバイスはなかなかに思いつかない。

こうしたコンテンツ群もおもしろかったが、やはりシンプルにすごいと思わされたのは「空間撮影」だ。『Vision Pro』本体左上にあるボタンを押すだけで、視界に映る「空間」そのものを撮影し、記録できる機能である。写真と同じ要領で表示すれば、前方に「記録された空間」が姿を表す。モノとしては「深度情報を持つ画像」というシンプルなものだが、フォトグラメトリを持ち出すまでもなく、思い出の記録としては「これでいい」と納得できる。それを発見したAppleの慧眼には舌を巻く。

そしてなにより、Webブラウザだ。我々は10万円以上もする「スマートフォン」という小さな板状のデバイスで、SNSやソーシャルゲーム、漫画閲覧に興じる生き物だ。ゆえに、生活に最も根ざした空間コンピュータのユースケースは「空間をフル活用したネットサーフィン」だろう。

それがたやすく実現できることは、マルチディスプレイや「指でスクロール」、指の動きに反応する仮想キーボードからすぐに察せられた。物理デバイスではなく、HMD越しに表示される仮想のデバイスを使って、インターネットに興じる。とても地味で、映像映えなど一切ないが、これが最も“なじむ”使い道だろう。

■いまはまだ、未来のプロトタイプ

発表直後のファーストタッチから絶賛の声も聞かれた『Apple Vision Pro』。その賞賛ぶりはなかなかに不思議だったが、実際に体験してみるとたしかに、手放しでほめられるだけの実力がある。

なにより舌を巻いたのは「あまりに自然である」ことだ。パススルー映像の鮮明さはもちろん、「目で見て選ぶ」や「指でさわる」といった行為が、トレーニングをほぼ要することなく実現できてしまうことにおどろかされる。人間の自然な動きの延長であらゆる操作がこなせる点で、『Apple Vision Pro』は「iPhoneの再来」と呼んでも差し支えないだろう。そのくらい、このデバイスは人間になじんでいる。

そして、「自然すぎる」ことこそ、レイトマジョリティにも適合する要素だと感じた。「決定はAボタン、メニューはこのボタン」「ビームをアプリに合わせてトリガー引いて選択して……」といった操作体系の把握はいらず、ただ見てつまめばいいのは、相当にハードルが低い。そして、「目の前に物体やWebページが自然に現れる」という現象は地味だが、非常にわかりやすく、なにより身近だ。「仮想世界に没入して~」というくだりを吹き飛ばし、『Apple Vision Pro』は「拡張された世界」を鮮やかに示してくれる。

では、これがiPhoneのように世間に普及するかといえば、現状では「NO」だろう。そう感じた大きな理由は「すぐに日常生活に溶け込むユースケースが(まだ)少ない」からだ。『Apple Vision Pro』でしかできないことも数多くあるが、大多数の人は『Apple Vision Pro』ができることの多くを「スマホでもできる」と判断するだろう。それは、『Apple Vision Pro』が「XRヘッドセット」という“主観的なデバイス”の延長線に位置するからだ。

アプリ自体が少ないこともあり、誰もが買ってすぐに活用できるものではない。3,499ドル、日本円にして約55万円という高価格なデバイスであることも相まって、『Apple Vision Pro』はガジェットマニアやインフルエンサー、一部の情熱的なAppleファンやデベロッパーなどの手に渡るのが関の山ではないだろうか。

だが、上記のような人々の手に渡ること自体には、大きな意味がある。特に、STYLYのようなデベロッパーはアプリやコンテンツを増やすことで、ユースケースそのものを開拓する役割を担う。ユースケースが少ないのならば、増やせばよいのだ。可能性を見出した人々によって、「どう使うか」をフルスロットルで検討、開拓されているのが、いま現在の状況と見てよいだろう。

絶賛するのも、酷評するのも、このデバイスに対しては早すぎるだろう。「空間コンピュータ」というデバイスコンセプト、もっと言えば「こうしたデバイスが存在する未来」を覗き見ることができるプロトタイプが、『Apple Vision Pro』の最も実態に即した表現ではないかというのが、2時間程度の体験を通して得た筆者の結論だ。

ゆえに、筆者個人の感想としては「めっちゃクールだけど、VRはできないのでいますぐにはいらない」というところだ。だが、このデバイスがどんな可能性を生み出していくかは、大いに興味がある。1年後にどんな未来が実装されているか、いずれその答え合わせをしてみたいところだ。

(文=浅田カズラ)

© 株式会社blueprint