[社説]与那国町長「覚悟」発言 危機高める決めつけだ

 憲法改正を求めるフォーラムが東京都内で開かれ、糸数健一与那国町長が登壇して「台湾有事」に関し、「全国民がいつでも日本国の平和を脅かす国家に対しては一戦を交える覚悟が問われているのではないか」と述べた。

 フォーラムは民間憲法臨調などが共催。糸数氏のスピーチは約10分間で、「国防最前線の与那国島から参りました」として終始、要衝としての島の役割を強調した。

 今は「将来(日本が)中国の属国に甘んじるのか、台湾という日本の生命線を死守できるかという瀬戸際にある」として全国民に「覚悟」を問うたのだ。

 町長の役割は、町民の暮らしと安全を守ることである。一自治体の首長が、全国民に対してなぜそこまで言うのか。首長の立場を考えない「決めつけ」発言が危うい。

 いわゆる有事を想定し町は昨年、町民が自主的に避難したい場合、当面の生活費などの支援金を支給するための独自の基金条例を創設している。

 「一戦を交える覚悟」と言及したことは、こうした施策とも矛盾するのではないか。住民保護の観点からも看過できない。

 有事を巡っては、自民党の麻生太郎副総裁も昨年、台湾海峡の安定化について日米や台湾に「戦う覚悟」を求める発言をした。

 だが、最も大事なことは戦争を起こさせないようにする努力だ。挑発するような態度は、かえって地域を不安定にし、住民の不安を増長させる。

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 糸数氏は中国を名指しし「武力行使であれ、平和統一であれ(台湾が)併合されてしまうということは、台湾海峡問題が与那国海峡問題になってしまうことであり、なんとしてでもそうならないようにする必要がある」と矢を向けた。

 しかし、日中国交正常化50年の節目には両政府が関係安定化へ協力することを再確認したばかりだ。外交努力に水を差すような発言であり、不謹慎と言わざるを得ない。

 その上、戦争や災害時に、政府の権限を一時強化する緊急事態条項を改正憲法に盛り込むことや「できれば憲法9条2項の交戦権を『認めない』を『認める』に改める必要がある」とした。

 戦争する権利を認めるものであり、自民党の改憲草案よりも踏み込んだ。

 自衛隊配備強化に対しては町の要塞化を懸念する声が高まっている。地元に深刻な対立を持ち込みかねず、町長としての批判は免れない。

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 糸数氏は、防衛体制強化に向けた政府の港湾整備を巡り町への新港建設を政府に要請もしている。

 数日前に開かれた住民説明会では自衛隊や米軍の利用を懸念する声に対し、あくまで商業利用だとして「港を造ったら与那国が狙われるなんてあり得ない」などと反論していた。

 であれば有事の危機をあおるスピーチは一体何なのか。住民への説明とはまるで逆ではないか。公に発言したものであり、議会でその意味を説明すべきだ。

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