なぜ、名カウンセラーより親の「傾聴・共感」が大事なのか?【「不登校」「ひきこもり」を考える】

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【「不登校」「ひきこもり」を考える】#8

これまでお話ししてきた男性Aさんの場合、とても繊細な性格で、親を喜ばせたい、悲しませたくないといった気持ちが幼い頃から強く、親に「子育ては順風満帆」と信じ込ませるほどに、子どもながらに自分を殺して応え続けられる器用さもありました。そうしたことが相まって、手のかからないいい子として過ごしていたのでした。もちろん、そのまま本人と親の意向が合致して、何の問題もなく順調に育っていくというお子さんも世の中にはたくさんいます。

一方で、Aさんの場合には、高校に入りその生き方に限界が生じてきたにも関わらず、膨れ上がった苦悩の感情を心が処理しきれず溢れかえり、頭だけは「もっと頑張りたい」と願ってはいても、心と体がついてこられなくなり、ついには不登校やひきこもりといった形で避難するだけで精一杯だったというわけです。

では、どうすればAさんは「感情不全」に陥らずに済んだのでしょうか。それは、Aさん自身がひとりで溜め込んでいた本音の気持ちを、誰かに深く共感してもらいながら、心の底から思う存分、気の済むまで話すことだったと言えるでしょう。ひとりで遊んでいても味気ないように、人は大切な人と分かち合うことで、その喜びを心から深くまで堪能できます。また、大切な存在を失った時には仲間とその悲しみを分かち合うことで心の底から悲嘆した結果、そのつらさを乗り越えられるように、人は深い感情を感じるには誰かに話し、聴いてもらうことが不可欠な動物です。

その相手は、感情不全の病理が軽ければ友人やカウンセラーなどの専門家の力を借りてでも乗り越えられますが、その病理を根深くこじらせているほど、どんな名カウンセラーでも太刀打ちができなくなってしまいます。そんな中で、最大の特効薬は、その病理が生まれてきたまさに「親子関係」という構造そのものにこそあり、何歳になろうが他の誰よりもお子さんが理解しわかってもらいたいと心の底から願っている、その親御さんに自らの気持ちを受け止めてもらうことなのです。

■子どもの成長に不可欠な「健全な甘え」の欠如が原因

だから不登校やひきこもりの問題は「甘やかしすぎ」が原因でなく、逆に十分に甘えさせたつもりであったお子さんの気持ちを十分には理解できておらず、あえて言えば「形だけ甘やかしていても、子の成長に不可欠な健全な甘えは与えられていなかった」とすら言い換えられるでしょう。

中高年になっても買い物依存などで親の脛をかじり続けているひきこもりの方の中には、「子ども時代に本当の意味では何ひとつ心から甘えさせてもらえなかった復讐をしている気がする。だからいくら今ブランドものを買ってもらっても、自分でもおかしいと思うが、まだ足りないとしか思えない。でも買ったもので本気で欲しかったものなど何ひとつない」と、満たされない渇望感を実際にお話してくださる方もおられるほどです。

誤解していただきたくないのは、私は親がすべて悪いなどと言うつもりはないということです。世の中にはひどい親の事例がゼロとは言いませんが、一律にそう決めつけるのは大きな誤りだと思っています。どこに、かわいいわが子をひきこもりや病気にしようと思って育てる親などいるでしょうか。どんな親もわが子には立派な人間になってほしいと願って一生懸命に育てたはずだと私は信じたいと思っています。

決して世間的にはずれた子育てなどしていない、それどころか手塩にかけて愛情を注ぎ育てていたはずなのに……不登校やひきこもりが生じてしまう。だからこそ問題は深刻なのです。子どもが繊細で素直で“いい子”過ぎたために、親の気分を害さないように忖度ばかりしたり、親の期待に応えようと親の顔色ばかりをうかがったりして、言いたいことを言えずに心の奥深くにため込んでしまう。しかし、それが限界を超えて、いい子でいることに行き詰まり、心のバランスを崩してしまった……。そんなケースが少なくないと私は感じています。(つづく)

▽最上悠(もがみ・ゆう)精神科医、医学博士。うつ、不安、依存症などに多くの臨床経験を持つ。英国NHS家族療法の日本初の公認指導者資格取得者で、PTSDから高血圧にまで実証される「感情日記」提唱者として知られる。著書に「8050親の『傾聴』が子供を救う」(マキノ出版)「日記を書くと血圧が下がる 体と心が健康になる『感情日記』のつけ方」(CCCメディアハウス)などがある。

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