キム・スヒョン&キム・ジウォン主演の『涙の女王』全16話を観て、感心したことがある。我が国独特の「地域感情」に対するドラマ制作者の配慮である。
「地域感情」という言葉は韓国ではよく使われるが、日本の人にはピンと来ないかもしれない。「地域対立」と言い換えたほうがわかりやすそうだ。
■韓国の「地域感情」=「地域対立」とは?
韓国で「地域対立」と言ったら、誰もが慶尚道(キョンサンド)と全羅道(チョルラド)を思い出すだろう。半島南部の東側が慶尚道、西側が全羅道で、それぞれ南道と北道に分かれている。
背景についての詳述は省くが、この2つの地域は何かと対立しやすい。それは先日の総選挙や過去の大統領選挙で、与野党どちらを支持するかが、慶尚道と全羅道ではっきり分かれることからも明らかだ。
1982年に始まった韓国プロ野球では、慶尚道(釜山)をホームとするジャイアンツと全羅道(光州)をホームとするタイガースの試合が特に盛り上がった。これは、当時の全斗煥(チョン・ドゥファン)大統領が国民の目が政権批判に向かないよう地域感情を利用したからともいわれている。
そのいきさつは、『離婚弁護士シン・ソンハン』のチョ・スンウがジャイアンツのエースに扮し、『ムービング』のヤン・ドングンがタイガースのエース(日本の中日でも活躍した宣銅烈)に扮した映画『パーフェクトゲーム』(2011年)を観るとよくわかる。
■『涙の女王』ヒョヌの故郷、龍頭里は慶尚道?全羅道?忠清道?
この20年間、慶尚道と全羅道の関係を改善しようと官民でさまざまな施策が講じられ、映画やドラマでも、いたずらに地域対立をあおる表現は避けられてきた。『涙の女王』でも、そうした配慮というか、対立回避策と思われる設定がいくつかあった。
そのひとつが、ヒョヌの実家のある龍頭里(ヨンドゥリ)が架空の地名で、どこの道に属しているかがボカされていることだ。これは道を明示すると、反感を買ったりする可能性があるからだ。逆に言えば善玉の登場人物の故郷が自分の出身地と同じ地域だと、うれしくなるのが視聴者の人情というものだろう。
第1話、ヒョヌの両親が登場するシーンで、ヒョヌアッパ(チョン・ベス)がヒョヌオンマ(ファン・ヨンヒ)を村人に自慢するシーンがあった。
「ウチの女房は全羅道・筏橋(ポルギョ)の干潟で耕運機を操り、イイダコを獲っていたんだ。すごいだろ」
龍頭里が全羅道だったら、わざわざ全羅道とは言わないだろう。ここだけ見ると、龍頭里は全羅道ではなさそうだ。
また、ヒョヌアッパの村長選挙運動の場面では、対立候補が有権者をもてなす際にテジクッパを出したり、名産品としてリンゴを前面に打ち出したりしていた。テジクッパは釜山を中心とした慶尚道で食べられているもの。リンゴは慶尚道の保守王国・大邱(テグ)の名産品である。
しかし、ヒョヌの実家は梨栽培に力を入れている。韓国で梨といえば全羅南道・羅州(ナジュ)の名産品だ。
ちなみに、ヒョヌアッパ(父)を演じた俳優チョン・ベスは全羅北道(現・全北特別自治道)出身。ヒョヌオンマ(母)を演じた俳優ファン・ヨンヒは全羅南道の木浦出身である。オンマは堂々たる全羅南道訛りを話しているのだが、ややこしいことにアッパは忠清南道訛りで話している。龍頭里=忠清南道説が急浮上するが、忠清南道訛りは、忠清南道の南部と接している全羅北道の北部でも使われているので、全羅北道説も捨てきれない。
そして、龍頭里でヒョヌの実家とシュポ(小さな食料雑貨店)は、慶尚北道の聞慶(ムンギョン)で撮影された。また、13話でヒョヌとヘインがデートで訪れたのは、聞慶の観光スポット、廃線を利用した聞慶鉄路自転車(レールバイク)の九郎里(クランリ)駅だ。
慶尚道の視聴者と全羅道の視聴者に配慮した、ドラマ制作者の絶妙なバランス感覚とでも言おうか。龍頭里はいったい何道なのだろう?
あれこれ思いをめぐらせながら映像を確認していたら、あっさり答えは出た。チラッと移ったヒョヌの履歴書の学歴欄に、「忠南 龍頭高等学校」と書いてあるではないか。忠南とは忠清南道の略称だ。確たる証拠である。
しかし、これに気づく視聴者もそう多くはないだろう。やはり、ドラマや映画では、物語の舞台はボカす傾向にあるようだ。