“冥王星のハート” は低速の巨大衝突が起源? 地下に海はないかもしれない

「冥王星」の表面には、目を引くハート型の地形「トンボー地域」があります。トンボー地域は東西で地形が大きく異なっており、特に西側は「スプートニク平原」と呼ばれる非常に平らな低地となっています。

ベルン大学のHarry A. Ballantyne氏などの研究チームは、スプートニク平原の起源は衝突クレーターではないかと考察し、シミュレーションを実行しました。その結果、直径約730kmの天体が低速で斜めに衝突すると、スプートニク平原に一致する涙形の低地が形成されることが判明しました。一方、このシミュレーションが正しい場合、冥王星の地下には液体の水でできた海がないという、これまでの推定とは異なる内部構造が予想されます。

【▲ 図1: 冥王星に大きな天体が衝突する様子の想像図。今回の研究で、冥王星のハート型の地形の成因として示されました。(Credit: Universität Bern / Illustration: Thibaut Roger)】

■冥王星には巨大な “ハート” がある

NASA(アメリカ航空宇宙局)が打ち上げた冥王星探査機「ニュー・ホライズンズ」は、2015年に天文学史上初めて準惑星「冥王星」の接近探査を行い、高解像度の画像を得ました。中でも目を引く特徴として、周囲よりも白っぽい色をしたハート型の地形があります。この地域は1930年に冥王星を発見した天文学者クライド・トンボーに因んで「トンボー地域」と名付けられています。

【▲ 図2: 冥王星のハート型地形は「トンボー地域」と呼ばれています。東西で地形が異なり、西側の地域は「スプートニク平原」と呼ばれています。(Credit: NASA, Johns Hopkins University Applied Physics Laboratory & Southwest Research Institute Image Addition)】

トンボー地域は一見すると1つの地形に見えますが、実際には東西で異なる地形をしています。西側は東側と比べて平らであり、周辺部と比べて標高が約3~4km低いという特徴があります。この直径1200km×2000kmの楕円形の地域は、単独で「スプートニク平原」と名付けられています。これはソビエト連邦が1957年に打ち上げた世界初の人工衛星であるスプートニク1号に因んでいます。

スプートニク平原が盆地であることや、その縁が山脈を形成していることから、スプートニク平原はかなり古い時代に形成されたクレーターではないかと発見当初から考えられてきました。平原は窒素の氷で満たされており、もしもクレーターだとすれば形成直後から急速に堆積したのではないかと考えられます。

スプートニク平原の窒素の氷の年齢は古くても1000万年と、地質学的にかなり若いと見られています。この若さは、平原の氷がゆっくりと動いていることの傍証であり、冥王星の地質活動の活発さを示しています。また、トンボー地域の東側も窒素の氷でできており、西側のスプートニク平原を形成した天体衝突に関連して堆積したのではないかと見られています。

ただし、スプートニク平原は楕円形であり、通常の天体衝突で生じる円形のクレーターとは異なります。このような歪んだ形状のクレーターは、地表に対して斜めに衝突した場合に形成されると考えられていますが、詳しい形成条件はこれまで不明のままでした。

■スプートニク平原の成因は低速の巨大衝突

衝突の影響を調べるシミュレーション研究が難しかったのは、複数のパラメーターに謎があるためです。例えば、衝突する天体を構成する硬くて高密度な岩石と柔らかくて低密度な氷の割合は、天体の質量や衝突の影響を左右します。しかし、観測データの乏しさから、直径数百kmの太陽系外縁天体の組成はよくわかっていません。

Ballantyne氏らの研究チームは、スプートニク平原を形成したのがどのような天体衝突だったのかを調査するために複数のシミュレーションを実行しました。主に設定されたパラメーターとしては、衝突する天体の組成、直径、衝突速度、および衝突角度があります。

【▲ 図3; スプートニク平原の生成に最も一致するシミュレーションの状況。冥王星が元々持つ氷(黄色)が削り取られ、生じた穴を衝突した天体の残骸(緑色と紫色)が埋めています。(Credit: Harry A. Ballantyne, et al.)】

複数のシミュレーションを行った結果、直径約730kmで、内部に硬い岩石の核(全体に対する質量比15%)があるような天体が角度30度で衝突した場合に、スプートニク平原と一致する楕円形の地形が生じることが分かりました。衝突時の相対速度は6km/sであり、天体衝突としてはかなりの低速です。太陽から遠く離れた軌道を公転する天体は公転速度がかなり低速であるため、このような低速の衝突は起こり得ます。

衝突地点に形成されるクレーターは、冥王星の水の氷のマントルを完全に抉り取り、岩石の核に到達するほどのものになると推定されます。冥王星のマントルが失われるほどの大穴が空いたクレーターの内部は、衝突した天体に由来する水の氷で埋められた後に、さらに上部が窒素の氷で覆われることになります。

■冥王星の地下には海がないかもしれない?

今回のシミュレーションでは、他にも興味深い結果が示されました。衝突が低速で起こるため、衝突した天体は完全に粉々となってクレーター内部に分散するわけではありません。特に、岩石の核はほとんど無傷のまま、クレーターの下に埋没すると推定されます。

衝突した天体の核が埋まっている場所は、他の場所と比べて質量が大きいため、より重力が強くなります。スプートニク平原でゆっくりと動いている窒素の氷は、長い目で見れば重力の強い方向に引き寄せられるため、楕円形の地形がさらに偏りのある涙型へと変化します。このような地形の偏りは、天体衝突が冥王星の赤道付近で発生し、核がそこに沈み込んだ場合に発生します。

衝突後に埋没した天体の核の影響で発生する物質の移動は、冥王星の内部に液体の水でできた広大な海(内部海)が広がっているという説と競合します。この説では、スプートニク平原の地形の偏りの原因として冥王星の内部に存在する液体の海を仮定していました。スプートニク平原は窪地であり、標高が低いため、もしも内部に海があるとすればその上部を覆う氷の地殻は薄くなっていると推定されます。薄い地殻は周りと比べて変形しやすく、そこに液体の水が集中します。液体の水は固体の氷と比べて高密度なので、重力がより強くなります。このようにして、スプートニク平原をゆっくりと移動する窒素の氷が、赤道付近に偏る原因だと考えられていたのです。

しかし今回のシミュレーションでは、液体の海が無くてもスプートニク平原の涙型地形を説明できてしまいます。従って、冥王星の内部に液体の海はないかもしれません。膨大な液体の水の存在は生命の存在を予感させるために、これは興味深い指摘となります。

いずれにしても、冥王星のハートの起源を調べる研究は、冥王星の内部構造を知る手掛かりとなります。冥王星の内部に海が存在するかしないかを確定させるには、さらなる研究が必要となるでしょう。

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文/彩恵りり 編集/sorae編集部

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