【コラム・天風録】「ブッチ」と「ブチッ」の落差

 新語・流行語大賞の表彰式に、時の首相が姿を見せたことがある。「もしもし、ケイゾーです。オブチです」。四半世紀前、官邸からかけまくる電話「ブッチホン」で名をはせた故小渕恵三首相である▲「俗受け狙い」と眉をひそめる識者もいたが、政権の支持率は上り調子に。有名無名を問わず、国民とやりとりをする対話の姿勢に親近感が湧いたのだろう。歴代首相で初めて、広島市中区の韓国人原爆犠牲者慰霊碑に赴いたのも糸口は対話だった▲「ブッチ」と「ブチッ」の違いは大きい。今月1日、伊藤信太郎環境相との懇談で、水俣病患者団体の発言を環境省職員が持ち時間オーバーだと遮り、マイクの音をブチッと切った▲その日、環境相は犠牲者慰霊式で対話を誓ったばかり。「水俣病の歴史と美しい自然を取り戻した水俣の姿に関心を持っていただくため、地域の皆さまの声に耳を傾け…」。水俣を原点とする環境行政の、心にもない約束と見透かされたに違いない▲訴えは1人3分きりだった。聞き置く姿勢が、はなから見え見えではないか。被害の心情を聴くべき相手は、環境相の背後にいる私たち世間でもある。その時間までブチッと奪った罪深さよ。

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