コーヒーの奥深い風味を「細胞培養」で作り出せるか――コーヒー文化と生物多様性の両立に向けて

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多くの人の日常に欠かせないものであるコーヒー。実は環境に大きな負荷をかけて栽培されているうえ、気候変動によって栽培の状況は厳しいものになりつつある。そうした中、フィンランドの研究機関が細胞培養によってコーヒーを生産する研究を進めている。(翻訳・編集=茂木澄花)

この100年で、世界中がコーヒーのとりこになった。実際、毎朝のコーヒーが欠かせないという人の割合は世界的にかなり高い。

コーヒーは古来より何世紀もの間、メッカとコンスタンティノープルの両方で日常の習慣として文化的に根付いていて、オスマン帝国の時代に中東と欧州全域に広まった。20世紀までに、コーヒーの主要な栽培地域は西半球、特にブラジルとコロンビアに移る一方、東アジアなどに対してはベトナムが主な供給国となった。

現在、多くの人にとってコーヒーは水と同じくらい重要な存在だ。

2021年の「ナショナル・コーヒー・データ・トレンド」によれば、米国の消費者の60%が、水を含む他のどの飲料よりもコーヒーを多く飲んでいるという。また、若い世代も以前よりコーヒーを飲むようになっている。20代半ばから30代にあたるミレニアル世代の65%が24時間以内にコーヒーを飲んだと回答しており、この世代としては過去最高を記録した。

コーヒーの消費量は、さらに若いZ世代の間でも増えている。これはコーヒー業界にとってはすばらしいニュースだが、地球にとっては問題だ。

コーヒー生産の地球への影響

コーヒーの環境への影響を理解するには、ライフサイクルアセスメント(LCA)の手法が重要だ。この手法は、農園での生産と加工から、それに続く流通、焙煎、包装、抽出、そして包装資材のごみを含めた廃棄まで、すべてを網羅する。

本記事では、特に深刻な影響が発生している栽培など初期の段階に焦点を当てる。

オックスフォード大学の「データで見る私たちの世界(Our World in Data)」によれば、コーヒーは、生産時の温室効果ガスの排出量が多い食品の上位5位に入っている。

また、コーヒーの環境インパクトの中でも重要な要因の一つに、多くの土地を必要とするということがある。主に利用されるのは、地球上でもっとも生物多様性のある熱帯雨林の土地だ。実際、1杯のコーヒーが消費されるごとに、約6.45平方センチメートルの熱帯雨林が失われているという。

これにより、最終的に無数の動物種が生息地を追われるだけでなく、貴重な二酸化炭素の吸収源も失われることになる。熱帯林は最大2470億トンの炭素を保持することが可能だ。これは、人間の活動によって1年間に排出される量の7倍以上に当たる。コーヒーの大規模農園を作るために熱帯林が伐採されたり燃やされたりすれば、その木々は炭素を吸収する代わりに、生きている間に貯めた炭素を放出することになる。

そして、他の一般的な一次産品と同様に、多様な生物が生息するコーヒーの栽培地域でも、気候変動の影響がすでに出始めている。世界中の多くのコーヒー農家が、作物に甚大な影響を与える異常気象に振り回されているのだ。

コーヒーを「培養する」という挑戦

世界中の何十億という人々に、大好きなコーヒーを飲むのをやめさせなくて済む方法はあるのだろうか。コーヒー生産に伴う環境問題に対して、一つの打開策となり得るのが「植物細胞から作るコーヒー」だ。

世界では、すでに多くの人が、細胞肉あるいは培養肉、培養した乳製品や卵製品に慣れ親しんでいる。動物や牛乳などの細胞から作られるこうした食品は、土地や資源を多く使う酪農を通じて生産される従来型の食品に代わる、サステナブルな選択肢として人気を高めている。これらと似た方法で作られるのが、「細胞培養コーヒー(cell-based coffee)」だ。

まずはコーヒーの葉からDNAを抽出し、バイオプリンティングという技術を活用してコーヒーを作り出す。そうすれば、より多くのコーヒーの木を育てるために、本来熱帯雨林に覆われている土地を開拓する必要がなくなるというわけだ。

VTTフィンランド技術研究センターは、細胞農業の手法を用い、生物反応器の中でコーヒーの細胞を作り出した。実際のコーヒーと同じような香りと味のする、研究室育ちのコーヒーを作ることにすでに成功しているというのだ。

「私たちは、企業がイノベーションを起こし、新しいソリューションを生みだせるよう支援しています」。VTTで植物バイオテクノロジーの責任者を務めるハイコ・ライシャー氏はサステナブル・ブランズにこう語る。

「コーヒーの植物細胞を生物反応器の中で培養し、バイオマスを生成します。それを使って飲料を作るのです」とライシャー氏は説明する。

風味に関する課題として、VTTで使用している細胞の種類がまだ少ないことが挙げられる。同氏は「この生物反応器の中にあるのは一種類の細胞です。一方、コーヒー豆には細胞の種類が複数あり、それぞれが異なる働きをしています」と話す。簡単に言えば、コーヒーという植物の性質ゆえに、風味を100%一致させるのは難しいということだ。

細胞培養コーヒーの開発関係者たちは、量産への道のりはまだ長いと言う。さらに、商業的に流通させるためには、政府の認可を取得する必要がある。もちろん、最終的にできあがる飲料がコーヒー通の口に合うよう、微調整も続けなければならない。

「まだ初期の検証段階にすぎません。化学分析と官能検査の両方から見えてきたことは、焙煎した通常のコーヒーは非常に多くの要素が合わさってできていて、私たちの作ったものはその一部にすぎないということです。ただ、まだ最善の製品ではないとはいえ、コーヒーだと認識できるものにはなっています」とライシャー氏は説明する。「店で買うコーヒーも、たいていはブレンドされた製品です。企業も常に一貫した風味を維持しようとしているのです」

さらに研究が進み、農園で育ったコーヒーと研究室で培養されたコーヒーの風味の違いが小さくなれば、コーヒーを楽しみ続けることと生物多様性の両立がかなうだろう。

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