川勝知事×リニア「くさいものに蓋をする姿勢が一新」JR東海を皮肉交え評価 水資源めぐる対立は決着ならず「トンネル工事は黄色信号」【川勝知事・最後の会見(中)】

静岡県の川勝平太知事は2024年5月9日、退任会見を行いました。
知事は「4期目の最大の公約は南アルプスの自然環境の保全と水資源の確保であり、それとリニア工事を両立させること」だったとして「一つの区切りがついた」と改めて辞職の理由を語りました。

<川勝平太知事>(2017年10月)
「工事によってメリットもない。すべてデメリットしかない。この工事を静岡県下ですることに対し、断固猛省を求めたい。考え直せということです」

これまで川勝知事は強い言葉でJR東海と対峙してきました。
2027年に開業を計画していたリニア中央新幹線は、東京と名古屋をわずか40分で結ぶ国家プロジェクトです。南アルプスをトンネルで貫く静岡工区をめぐっては、大井川の水の減少などを懸念して川勝知事は工事に同意せず、手付かずのまま。

2020年には、JR東海のトップ・金子慎社長(当時)が川勝知事に直談判しましたが、議論は進展しませんでした。国の有識者会議も報告書をまとめましたが川勝知事は態度を崩さず、JR東海の丹羽俊介社長はー。

<JR東海 丹羽俊介社長>(2024年3月)
「残念ながら品川〜名古屋間の2027年の開業は実現しない」

2027年開業の断念。リニアの開業は早くとも2034年以降になります。
この発表の数日後に川勝知事は辞意を表明。そして、5月9日の最後の会見で「トンネル工事によって南アルプスの自然環境はマイナスの悪影響を受ける。黄色信号がつく」という認識を示し、「強引に進むのか、あるいは留まるのか、まさに岐路に立った」と強調しました。

また、リニア工事が静岡工区以外でも遅れていることをJR東海が発表したことにも触れ「不都合な事実の公表は、くさいものに蓋をする従来のJR東海の姿勢が一新された」と皮肉にも聞こえる表現で評価しました。
一方、JR東海は「開業時期に直結するのは静岡工区」との考えに変化はありません。

<川勝平太知事>
「4期目の公約にかかわる仕事に一つの区切りがついたと判断いたしました。水資源を保全するためにも、南アルプスの自然環境は保全しなければなりません。そこに住む私たちもそれは使命ではないかと思います。県民の皆様を信頼申し上げております」

川勝知事の言う”命の水”をめぐり、対立の歴史を刻んできたリニア問題。新たなリーダーがどんな姿勢で臨むかが注目されます。

川勝知事は4月1日の県庁の新入職員への訓示で職業差別とも受け取れる発言をして批判が集まり、翌日に辞職を明言。5月9日いっぱいで退任となり、同日は次の知事を決める選挙の告示日とも重なりました。

【会見での関連発言全文】 <川勝平太知事>
「4期目の最大の公約は、南アルプスの自然環境の保全と水資源の確保であり、それとリニア工事を両立させることでございました。辞職の理由と重なりますので、お別れの挨拶の最後にこの件について申し述べておきます。南アルプスは国立公園であります。昭和39年に国立公園に認定されました。それ故、その自然環境の保全は日本政府の国策でなければなりません。また、南アルプスはユネスコのエコパークに認定されております。従いまして、南アルプスの生態系を保全することは日本政府の国際的責務であります。国の生態系に関する、いわゆる有識者会議が昨年暮れに最終報告書をおまとめになりました。それによりますと、南アルプス山中のトンネルの上を流れる沢・渓流は、工事によって例外なく水位が下がると報告されています。水位が下がりますと、水際に生きる生物などはそこに水が来ませんので、生死に関わる厳しいマイナスの悪影響を受けます。また、工事で出る濁った水を透明にするためには、凝固剤の使用を報告書は提案されております。凝固剤を使いますと、水質は確実に悪化いたします。
この報告書の内容を一読いたしまして、一言で言いますれば、トンネル工事によって南アルプスの自然環境はマイナスの悪影響を受けると。言いかえますと、工事によって南アルプスの自然環境には黄色の信号がつくという認識を私は持ちました。それでもなお、工事を敢行するということであれば、工事による南アルプスの自然環境への悪影響をいかに小さくするかが課題であります。沢の水位が下がることで死滅しかねない生物の保全などのために、有識者会議はモニタリング会議を提案なさいました。モニタリング会議は政府主導で今年2月に発足いたしました。モニタリング会議、その第1回会合、2月29日、2カ月前のことでございますが、基本方針がそこで確認されました。そして、第2回会合が3月29日のことでございまして、その会合で丹羽氏を新社長とするJR東海は、南アルプストンネル静岡工区の事業計画について、これまで知られていなかったデータを公表をされました。世間はあっと驚きました。私も同様であります。いわく、高速長尺先進ボーリングに3カ月から6カ月、工事ヤードの整備に3カ月、トンネル掘削に10年、ガイドウェイ設置に2年という事実の公表でございます。
その数日後に、いわく、岐阜県は恵那市のトンネル工事に40カ月、すなわち3年と6カ月、長野県は飯田市の高架橋の工事に70カ月、すなわち5年と10カ月、山梨県は駅の工事に80カ月、6年と8カ月がかかるという公表をなさいました。昨年までのJR東海の前の社長の体制の下では、一貫して静岡県の工事の遅れだけが繰り返し強調されていました。そのことからいたしますと、隔世の感がございます。今回の2度にわたる事実の公表で、静岡県のみならず、岐阜県、長野県、山梨県でも工事が遅れていることがはっきりといたしました。これらはいわば不都合な事実というべきものであります。くさいものに蓋をするといった感のある従来のJR東海の姿勢が一新したというふうに思われます。不都合な真実とはいえ、正直に事実を有り体に公表された現在のJR東海の丹羽社長の姿勢には、感じ入っております。正直に勝る徳目はありません。正直な丹羽社長に対しまして、敬意を表するものであります。
さて、南アルプストンネル工事について、工事に要する年数を単純に足しますと、12年から13年ということになります。重なるということになると、11年というふうになっているようでありますが、しかも、しかしながら、それをモニタリングをしながら、言いかえますと、順応的管理で工事を進めるということです。順応的管理、すなわち工事中に何か問題が生じますと、もう一回その工事がよかったかどうかフィードバックして考え直して計画を立て直すということでありますが、こういうやり方が順応的管理というものであります。したがって、こういうモニタリングをしながらの工事となるとすれば、ここで挙げられている工事年数を超えることが十分に予想されます。それは何を意味するんでしょうか。南アルプストンネル工事自体に黄色信号が灯ったことを意味すると思います。工事をすれば南アルプスの自然環境に黄色信号がつくというのが有識者会議の最終報告書の内容だというふうに私は認識しております。
そしてまた、今回、工事自体にも最低10年以上かかるということでございますので、これも青から黄色に信号の色が変わったというふうに捉えております。信号が黄色になれば、道路交通法に従いますれば進んではいけませんけれども、中には強引に突っ込む方もいらっしゃいます。強引に進むのか、あるいはとどまるのか、まさに岐路に立ったということでございます。それをどうするかについては、モニタリング委員会の御見識次第であります。
私は以上のことをもちまして、4期目の公約にかかわる仕事に一つの区切りがついたと判断いたしました。これまでJR東海さんに対しまして、かなり厳しいことも言ったことに対しましては、改めて申し訳なく存じますけれども、同時に丹羽社長の正直な姿勢に改めて敬意を表する次第でございます。ご立派でした。なお、2018年6月、今から6年前ですが、JRさんと静岡市との間で締結なさいました、いわゆる用宗・落合線の5キロのトンネル工事は6年、丸6年経ちました。現在、掘削すら始まっておりません。丹羽社長はぜひこの約束は、約束通り実行してくださるようにお願いをいたします。
富士山と南アルプスは、いわば父と母のような存在であります。この霊峰と赤石山脈とは、命の水を供給することで、静岡県民を、またそこに息づく生きとし生けるもの全てを何世代にもわたって養ってまいりました。水資源を保全するためにも、南アルプスの自然環境は保全しなければなりません。そこに住む私たちもそれは使命ではないかと思います。県民の皆様を信頼申し上げております。私はこれをもちまして、ふじのくに、愛するふじのくにを後にすることになります。ありがとうございました。皆様方の御多幸をお祈り申し上げます」

<記者>
「一部の市民団体が川勝知事の再出馬を求める署名活動を行ったことについてはどう受け止めますか」

<川勝平太知事>
「有言実行ということでございますので、一つ区切りがついて、リニアの工事に黄色の信号が灯っていると。これをどうするかというのはですね、多くはやはりその南アルプスの恵みを享受してこられた県民の皆様の意思にかかっていると思います。今回、その署名活動、私は辞任するということを、おそらくですね、確実に再出馬することがないということがおわかりになりながら、なおかつですね、このことは重要であると訴えるためにもですね、署名をされたのではないかと思いまして、その方たちの使命感に対しましては、立派ですと。志を同じくしてくださっている方がいたのかなと。わずか10日あたりでですね、街頭に立っての署名活動ですから。健康害された人がいなかったらよかったなと思いますが、その方たちに対しましては、お一人お一人ですね、御礼を申し上げたいと思います。ありがとうございました」

<記者>
「国のモニタリング会議で県・JR東海・国の3者で協議する内容というのは、南アルプストンネルの環境に関する問題をいかにして解決して着工まで持っていくかということを話し合うということだと思っているが、その選択肢の中に工事を止めるということも含まれていると知事は考えていますか」

<川勝平太知事>
「いえいえ、止めるというよりもですね、これはJR東海が事業主体ですから、国ですらですね、大臣ですらJR東海にこれを止めろとかという権限はありません。民間企業です。JR東海は民間企業として経営の自由と投資の自主性の貫徹を大原則とする。当初は国から1銭のお金ももらわないとまで啖呵を切ってやられたわけですね。だから、民間企業ですから、そのご判断がどうなるかというのがですね、この3者の会議の中で醸成されてくるんじゃないかと思います」

<記者>
「先日の島田市の定例会見では、染谷市長がリニアの専門部会の廃止を提言されたと思うんですが、県の専門部会は引き続き存続するべきかどうか、その点いかがでしょうか」

<川勝平太知事>
「JR東海さんが専門部会できちっと説明したいというふうにおっしゃってるわけですね。で、その残されている課題もJR東海さんも専門部会で両方共有してますので、したがって、これはそれをきちっとやり遂げるというのがですね、これまで先生方に勉強してもらいながらやってきてもらってますのでですね、お仕事ではないかと思います」

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