スティーヴ・アルビニからニルヴァーナに充てたメッセージ。『In Utero』制作前の手紙が公開

Photo: Mariano Regidor/Redferns

インディ・ロックの名盤の数々を手掛けたエンジニアで、アンダーグラウンドなロック・グループのフロントマンとしても活動していたスティーヴ・アルビニ(Steve Albini)が2024年5月7日に心臓発作のため61歳で逝去した。

この訃報を受け、1993年に発売された『In Utero』を制作する前に、バンドがプロデュースを依頼した際のスティーヴ・アルビニからの返答の手紙(FAX)をバンドの公式アカウントが公開した。その翻訳を掲載。


 

カート、デイヴ、クリスへ

まずは、この説明書きを纏めるのに数日かかってしまったことを謝らせてほしい。カートと話したときはフガジのアルバムを作っている最中だったけど、全体を整理する時間をレコーディングの合間に一日くらいは設けられるだろうと思っていた。結局、いきなり予定が変わってしまったせいで、いまになってようやく作業を始めたというわけだ。申し訳ない。

きみたちがやろうとしていることは、まさに現時点で最善の選択肢だと思う。つまり、質の高さは確保しつつ凝った”プロデュース”は最小限に抑えて――本部の石頭どもに干渉されない環境で――レコードを数日のあいだで一気に作る、ということだよね。きみたちが本当にそうしたいと思っているなら、僕は喜んで作品に携わりたい。

でも、もしかするとそうはいかず、最初だけレコード会社から甘やかされて、どこかの時点で彼らに足を引っ張られることになるかもしれない(曲や曲順やサウンドを作り直すよう口を出してきたり、レコードの”カドを取る”ためだと言って急に助っ人を呼んできたり、どこかの技術屋に全部を引き渡してリミックスさせたり……)。だとすれば失敗は目に見えているから、僕は加わりたくない。

メンバー自身が考える”自分たちのサウンドやグループ像”がきちんと反映されたレコード――僕はそういうレコードにしか関わりたくない。レコーディングに臨む上できみたちがその信念を強く持ち続けてくれるなら、僕はきみたちのために全力を尽くす。”お前ら以上の仕事をしてみせるぜ。道具一つでわからせてやろう”(注:コメディ・グループ、ジャーキー・ボーイズの作品「Auto Mechanic」の台詞を引用したもの)、とそんな具合さ。

僕はこれまで数百作のレコードを手がけてきた(中には傑作もあれば、佳作もあれば、駄作もある。多くはその中間だ)。その中で学んだのは、制作過程におけるバンド内の雰囲気が、最終的な作品の質に直接関わってくるってことだ。レコーディングに時間がかかり、全員の気が滅入ってきて、全部の工程にやたらと時間をかけるようになれば、音源はライヴにおける演奏と程遠くなっていく。そうなればほとんどの場合、完成した作品はお世辞にも褒められた出来ではなくなってしまう。特にパンク・ロックのレコードは間違いなく、”手間”をたくさんかけたからといって良い作品にはならない類のものだ。きみたちも経験の中でそれを学んでいるはずだし、この考え方を理解してくれるだろう。

レコーディングに関する僕の方法論と哲学を説明しておこう:

#1:最近のエンジニアやプロデューサーの多くは、レコードを”プロジェクト”とみなしている。彼らにとって、バンドはそのプロジェクトにおける一つの駒でしかない。さらに彼らはレコーディングのことを”特定のサウンドを決まった形で重ねていく作業”としか考えていない。そこでは、一音一音が考え出される瞬間から最終ミックスが完成するまで、すべてが完全に管理された状態にある。レコーディングの過程でバンドがこき使われたとしても、そんなことは問題にならない。その”プロジェクト”が上層部のお眼鏡に叶うかどうか――それだけが問題なんだ。

僕のアプローチはそれとは真逆だ。

一番大切な主役はバンドだと僕は考えている。バンドは個性やスタイルを生み出す創造性豊かな集団で、かつ、一日24時間存在し続ける社会的な集団でもある。だから僕は、やるべきことや演奏の仕方をバンドに指図する立場にはないと思っている。もちろん意見を伝えることは厭わないが(バンドが素晴らしい進歩を遂げていたり、逆に凄まじい思い違いをしたりしていると感じたら、それを伝えるのは僕の仕事だと思う)、バンドが何かを目指して突き進み始めたら、僕はそれが実を結ぶのを見守っていたい。

それに、僕はアクシデントやカオスが生まれる余地を残したいと考えている。全部の音や音節が正しい位置にあって、バス・ドラムのビートにもムラがない――そんな風にソツのないレコードを作るのはワケもないことだ。馬鹿げた行動を許容できるだけの忍耐力と資金力さえあれば、そんなことはどんな愚か者にもできる。僕は、独創性・個性・熱意といった高尚なものを作品に落とし込もうとするようなレコードに携わりたい。音楽のあらゆる要素やバンドのエネルギーを、クリック音やコンピューター、自動のミキシング、ゲート・エフェクト、サンプラー、シーケンサーといったもので制御してしまえば――無価値な作品にはならないにしろ――非凡な作品は決して生まれない。それに、そうしたレコードはライヴの演奏とは似ても似つかないものになる。それを避けたいからこそ、こんなたわ言を並べ立てているんだ。

#2:レコーディングとミキシングに関して、別々の専門家がバラバラに手がけられる無関係な作業だと僕は思わない。サウンドの99%は、基礎トラックをレコーディングするときに形づくられるべきものだ。きみたちにも、自分たちのアルバムを作って得た経験があるだろう。でも僕の経験から言えば、リミックスで実際の問題が解決されることはない。ありもしない問題を解決した気になるだけだ。僕はほかのエンジニアが手がけた音源をリミックスすることも、誰かがリミックスする前提で音源を作ることも好きじゃない。どちらの手法でも満足のいく成果が得られたことがないんだ。リミックスは、ドラムのチューニングの仕方もマイクの設置の仕方も知らないような能無しの腰抜けがやるものだ。

#3:僕は、どんな状況・バンドにも無条件で適用するような使い回しのサウンドやレコーディング技術の定型パターンを持ち合わせていない。きみたちはほかのバンドと一線を画しているし、きみたちの好みや、取り上げたいテーマは少なくとも尊重されるべきだ。何が言いたいかというと、僕は低音が強調されたドラム・セット(例えば、グレッチやカムコ)を大きな部屋の広い空間に置いて叩いたときの音が大好きだ。ボーナムが使っていたようなダブル・ヘッドのバス・ドラムと、お粗末なスネア・ドラムがあれば尚良い。それから、古いフェンダーのベースマンやアンペグのギター・アンプから出てくる、吐き気を催すような低音――それに、使い古した真空管が入ったSVTのぶっ飛んだ音も好きだ。だけど、そういうサウンドが合わない曲もあることは分かっているし、無理やり入れ込もうとするのは時間の無駄だ。つまり、僕の個人的な好みを基にレコーディングを進めるのは、車内の装飾を中心に車をデザインするくらい馬鹿げたことなんだ。だから、どういうサウンドにしたいかは、きみたち自身で決めて僕に詳しく説明してほしい。そうすれば、間違った方向からレコード作りに取り組むようなことにならなくて済むからね。

#4:レコーディングの場所は、レコーディングの進め方ほど大切な要素ではない。だから、きみたちの使いたいスタジオがあるならそれでいいし、特になければ僕の方から候補を出してもいい。僕の家にある24トラックのスタジオも悪くないし(フガジもそこを使っていたから、彼らの口コミを聞くといい)、中西部や東海岸にあるスタジオは大方知っている。それに、イギリスのスタジオも十数か所は紹介できる。

でも、レコーディングやミキシングを行うあいだずっと、きみたちが僕の家に滞在することには少し不安もある(きみたちは有名人だから、近所に噂が広まったり、きみたちがやむを得ずファン対応をしなければならなくなったりするのが嫌なのもあるんだ)。それでも、アルバムのミキシングをするには良い場所だと思う。食事が美味しいしね。

もしスタジオや滞在先の細かい選定なんかを僕に任せたいなら、喜んで全部を手配するよ。逆に自分たちで決めたいなら、何でも言ってくれ。

外部のスタジオを使うなら、僕が推したいのはミネソタ州キャノン・フォールズにあるパキダームという場所だ。素晴らしいスタジオで、音響も抜群なんだ。しかも、建築士の夢をそのまま実現したような快適な屋敷もあって、バンドはレコーディング期間中、そこで生活できる。そのおかげで、何もかもが効率的に進むんだ。全員がそこに寝泊まりするから、何かをするにも何かを決めるにも、都会のどこかに滞在するよりずっと早く済む。しかも、サウナやプール、暖炉、マスのいる小川や、50エーカーの自然みたいに贅沢なものまである。僕はそこでたくさんのレコードを作ってきたけど、あそこで過ごすのはいつだって楽しい。その上、設備の素晴らしさを考えれば、料金だってかなり割安なんだ。

パキダームに関して唯一残念なのは、オーナーや管理人が技術者じゃなく、専属の技術者もいないことだ。僕はあそこを何度も使っているから、何かトラブルが起きてもほとんどは修理できる。電子機器が酷い故障を起こさない限りはね。だけど、僕がよく一緒に仕事をする男(ボブ・ウェストン)がいて、彼は電子機器周りにかなり詳しいんだ(回路の設計、故障の修理、即席の機材作りなんかもできる)。だからパキダームで制作をやるなら、僕の費用負担で彼を連れて行くことになるだろう。最寄りの技術屋まで50マイルの距離がある真冬の環境で電源が飛んだり、深刻な故障が起きたりしても、彼がいればとりあえずは何とかなる。それに彼はレコーディング・エンジニアでもあるから、僕らがレコード作りに集中しているあいだ、面白味のない作業(テープの目録作り、梱包、生活物資の調達など)をやっておいてくれるかもしれない。

そのうちジーザス・リザードもそのスタジオに誘って、一緒に有意義な時間を過ごそうと思っている。そうそう、そこにあるニーヴのコンソールは、AC/DCが『Back In Black』のレコーディングとミキシングに使ったのと同じものだ。つまり、ロックのレコードを作るにはうってつけの設備さ。

#5:金銭面について。カートには説明したけど、ここでももう一度伝えておいた方がいいだろう。僕はいまもこれからも、担当したレコードに関して印税を受け取るつもりはない。どれだけ少ない割合でも受け取らない。それだけは譲れない。僕の考えでは、プロデューサーやエンジニアに印税を払うことは倫理的に間違っている。曲を書くのもバンドだし、音楽を奏でるのもバンドだ。それに、レコードを買うのはバンドのファンたちだ。良いレコードになるか、酷いレコードになるかはバンド次第なんだ。だから当然、印税もバンドのものだ。

僕は、配管工みたいな形で報酬を受け取りたい。つまり仕事をして、それに見合った金額を受け取りたいんだ。レコード会社はきっと、僕が売上の1%か1.5%を要求すると考えるだろう。でもそうすると、仮に300万枚売れたら僕の報酬は40万ドル程度ってことになる。そんな大金を僕は絶対に受け取れない。夜も眠れなくなってしまうよ。

僕は自分が納得できる額の報酬を受け取りたい。とはいえ、それはきみたちのお金だから、きみたち自身も納得できる額を払ってもらいたい。カートはかなりの額を提示してくれたし、僕にとって報酬はそれだけで十分だ。でもカートは、僕の仕事がそれ以上の額に値すると心から思った場合、アルバムがひとしきり売れたあとで追加の報酬を支払うとも言ってくれた。それはそれで問題ないけど、きっと支払う額以上に諸々を整理する手間の方がかかってしまうはずだ。

何はともあれ、きみたちは僕に対してフェアに接してくれるって信じているし、業界によくいる間抜けどもがどんな要求をしてくるかはきみたちもよく分かっているはずだ。僕への報酬に関する最終決定はきみたちに任せるよ。いずれにしても、レコーディングに臨む上での僕の熱意が報酬の金額に左右されることはない。

僕のような立場の人間の中には、きみたちと関わることで仕事が増えることを期待する人もいることだろう。でも僕は、すでに捌き切れないほどの仕事を抱えている。しかも率直に言って、僕はそういう浅薄な考えで近づいてくるような人間とは仕事をしたくない。とにかく、そのあたりのことはどうか気にしないでもらいたい。

これで以上だ。

確認しておきたい不明な点があったら遠慮なく電話してくれ。

スティーヴ・アルビニ

レコーディングに一週間以上かかったら、誰かがしくじっているってことだ。
Oi!


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