『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』16年ぶりに蘇った、新たなる神話

『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』あらすじ

ジェダイ・マスターのクワイ=ガン・ジンとパダワン(弟子)のオビ=ワン・ケノービは、侵略の危機に瀕した惑星ナブーから女王アミダラを救出したあと、砂漠の惑星タトゥイーンに立ち寄る。そこで彼らは、ケタ外れに強いフォースを持つ奴隷の少年アナキンと出会う。激戦の末ポッドレースで勝利したアナキンは自由を得て、ジェダイの騎士になる訓練を受けることになる。その後、一行はナブーに帰還、女王とアナキンは侵略軍に立ち向かい、オビ=ワンとクワイ=ガンの前にはダース・モールが立ちはだかる。だがこの侵略はまだ、再び力を取り戻したシスの邪悪な計画の序章に過ぎなかった…。

22年ぶりに監督復帰したジョージ・ルーカス


『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』(99)が公開された1999年のことをよく覚えている。『スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還』(83)以来16年ぶりの新作とあって、公開が近づくにつれて熱気はいやがうえにも高まっていた。当時筆者はニューヨークに語学留学していて、学校のボンクラ男子たちの間では『スター・ウォーズ』の話でもちきり。旧3部作(オリジナル・トリロジー)を擦り切れるほど予習し、パソコンのQuickTimeで『エピソード1』予告編を観まくって、心身ともにジェダイ・モードで映画館に駆け付けたのである。

観に行ったのは、確か公開日(5月19日)の翌日か翌々日。それでも劇場は、ボバ・フェットやダース・モールのコスプレに身を包んだ熱狂的ファンで埋め尽くされていた。真横の席では、ストームトルーパー同士で何やら話し込んでいる。真後ろの席では、『スター・ウォーズ』のシャツを着込んだ家族がバカでかいポップコーンを頬張っている。スクリーンの真ん前では、子供達が奇声を上げながらライトセーバーでチャンバラしている。もはや雰囲気は、映画館というよりもアミューズメント・パーク。誰かと目が合うたびに「may the force be with you」と声をかけられたものだ。

そして、「A long time ago in a galaxy far, far away‥‥(遠い昔 はるかかなたの銀河系で…)」がスクリーンに映し出されるやいなや、観客はやんややんやの大騒ぎ。その後も、R2-D2が登場すれば大拍手、C-3POが登場すれば大絶叫と、日本では味わえないようなお祭り騒ぎ。あんな映画体験は、後にも先にもこれ一度しかない。『スター・ウォーズ』新作をファンと一緒に鑑賞できる喜びを、とことん味わうことができたのである。

もともとジョージ・ルーカスは、『ジェダイの帰還』で偉大なサーガを完結させるつもりだった。だが盟友スティーヴン・スピルバーグが、『ジュラシック・パーク』(93)で古代の恐竜たちを見事なCGで蘇らせたことに感嘆し、今の特撮技術であれば、新しい『スター・ウォーズ』を語るにふさわしいルックを獲得できると判断。アナキン・スカイウォーカーがダークサイドに堕ちていくまでを描いた新三部作(プリクエル・トリロジー)のプロジェクトが、遂に始動する。

帝国の逆襲』(80)ではアーヴィン・カーシュナーに、『ジェダイの帰還』ではリチャード・マーカンドに演出を任せたように、ルーカスは監督に復帰するつもりは毛頭なかった。『アポロ13』(95)や『ビューティフル・マインド』(01)で知られるロン・ハワードは、『ファントム・メナス』の監督を打診されたことを明かしている。彼は、俳優時代にルーカスの出世作『アメリカン・グラフィティ』(73)に出演している仲でもあった。

「ルーカスは僕に監督の話をもちかけてきた。ロバート・ゼメキス、僕、そしてスティーヴン・スピルバーグとも話したそうだよ。でも皆が“ジョージ、君がやるべきだ!”と言ったんだ。その時点で、誰もそのオファーを受けようとはしなかったと思う。それはとても名誉だけど、あまりにも大変なことだったからね」(*1)

周りからの説得もあって、『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』(77)以来22年ぶりにルーカスは監督復帰。もともと内向的な性格の彼にとって、不安は大きかったはず。『ファントム・メナス』(見えざる脅威)とは、1,000年前に滅んだはずのシス(フォースのダークサイドを操る者)を表したタイトルだが、久々の監督業にチャレンジするルーカス自身の想いも込められていたのかもしれない。

サイレント映画のような快感


ジョージ・ルーカスが『新たなる希望』を制作するにあたって、神話学者ジョーゼフ・キャンベルが発表した研究本「千の顔を持つ英雄」を参考にしたことは、よく知られている。神話・伝説の典型的なテンプレートに、フランク・ハーバートの小説「デューン」、『フラッシュ・ゴードン』(36)、『アラビアのロレンス』(62)、『隠し砦の三悪人』(58)といった映画のエッセンスを組み合わせることで、20世紀最大の神話は誕生したのだ。

そして『ファントム・メナス』は、中盤に登場するポッドレースに、『ベン・ハー』(59)の影響が見て取れる。あの有名な、二輪戦車の競争シーン。ローマ帝国のコロッセオを思わせるデザインといい、抜きつ抜かれつのレース展開といい、ウィリアム・ワイラー監督の名作にヒントを得ていることは明白だろう(最後のセレブレーションも、『ベン・ハー』のパレードに酷似している)。映画史に燦然と輝く大スペクタクルを、ルーカスは『スター・ウォーズ』で蘇らせようとしたのだ。

『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』予告

そしてこのポッドレースは、かつてプロのレーシングドライバーになることを夢見ていたジョージ・ルーカスの、カー・アクションに対する情熱が結実したシークエンスともいえる。アマチュアドライバーとしてレースに参加していた経験は『アメリカン・グラフィティ』にも描かれていたが、その発展系としてポッドレースが生まれたのだろう。

「レースは好きだよ。スピードが好きだし、私は映画作りに関してとても運動的な人間なんだ。映画の動きが何よりも好きなんだ。映画のような質感に惹かれるんだよ。視覚的イメージも好きだけど、最初は純粋な映画から観始めた。だから私の焦点はそこにある。現代の映画よりもサイレント映画に親近感を覚えるんだ」(*2)

「サイレント映画に親近感を覚える」というルーカスの発言は、非常に興味深い。それは、断片的なコマの積み重ねによって運動イメージを生み出す、純粋なアクションへの希求と同義だからだ。彼がオリジナル・トリロジーで唯一監督を務めた『新たなる希望』を思い出してみよう。デス・スターから脱出したミレニアム・ファルコン号と、追ってきたTIEファイターとの空中戦。反乱軍のパイロットたちがXウイングに乗り込み、デス・スターに襲撃をしかける最終決戦(ヤヴィンの戦い)。そこにあるのはセリフの面白さではなく、純粋なアクションとしての高揚感。

ジョージ・ルーカス自らプリクエルの演出を務めた効用のひとつは、サイレント映画のような快感を『スター・ウォーズ』に取り戻したことだ。

クライマックスのクロス・カッティング構造


ちょっと視点を変えて、『ファントム・メナス』の構造に目を向けてみよう。本作は、オリジナル・トリロジー最終章を飾る『ジェダイの帰還』と非常に似ている点がある。この映画では、3つの場面から成るクロス・カッティングでクライマックスが構成されていた。

①森の惑星エンドアで、デス・スターのシールド発生施設を破壊しようとするハン・ソロ、レイア姫たち

②デス・スターに一斉攻撃をしかけるランド・カルリジアンら反乱軍の攻撃部隊

③パルパティーン皇帝の目の前で、ダース・ベイダーと一騎打ちするルーク・スカイウォーカー

①はイウォークたちの活躍を描く地上戦、②はミレニアム・ファルコンやスター・デストロイヤーが入り乱れる空中戦、③はライトセーバーを交えるチャンバラ。3つの異なるアクション・シークエンスをモンタージュさせることで、ドラマが重層的に厚みを増していく。

非常に巧みなのは、①のミッションが成功しないと、②のミッションが実行できないこと。イウォークたちの助けを借りてハンたちがシールド発生施設を破壊することで、それまで劣勢を強いられていた反乱軍は、遂にデス・スター襲撃に向かう。そして②のミッションが成功すると、今度は「デス・スターの内部にいたルークが無事脱出できるか」という別のサスペンスが発動する。3つのストーリーが相互に作用することで、別々の支線がひとつの大きな線へと吸収されていく。

『スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還』

それをなぞるように、『ファントム・メナス』も4つのクロス・カッティングで構築されている。

①大量のバトル・ドロイドと戦うジャー・ジャー・ビンクスらグンガン族

②スターファイターで空中戦を繰り広げるアナキン・スカイウォーカー

③ダース・モールとライトセーバーを交えるクワイ=ガン・ジンとオビ=ワン・ケノービ

④ナブーの宮廷を奪還しようとするアミダラたち

①が地上戦、②が空中戦、③がチャンバラという構図は『ジェダイの帰還』と全く一緒。そしてアナキンが敵の司令船を破壊することでドロイドは機能停止となり、劣勢を強いられていたグンガン族は勝利を収める。別々のシークエンスが相互に作用する構成も踏襲されているのだ。

クライマックスがクロス・カッティングで構築されている代表作といえば、なんといっても『ゴッドファーザー』(72)。コルレオーネ・ファミリーの新しいドンとなったマイケルは、子供の洗礼式当日に、対立するマフィアのボスたちを一斉に血祭りに上げていく。厳かな洗礼式と血生臭い暗殺のシークエンスを、フランシス・フォード・コッポラ監督が巧みな編集で描出していた。

まだ幼いマイケルの子供を演じていたのは、フランシス・フォード・コッポラの愛娘ソフィア・コッポラ。そして彼女は、『ファントム・メナス』でアミダラの侍女サシェ役で出演も果たしている。ソフィアが自身の監督作『ヴァージン・スーサイズ』(99)の準備をしていたとき、ルーカスが新しい『スター・ウォーズ』を制作していると聞きつけ、父親に撮影の同行を懇願したのだ。するとルーカスは彼女にサーシェ役をオファーし、思いがけず出演することに。『スター・ウォーズ』と『ゴッドファーザー』という、アメリカを代表する2本の映画が不意に接続してしまった、感慨深いエピソードである。

ネット時代の被害者、ジャー・ジャー・ビンクス


おっちょこちょいでトラブル・メーカーの新キャラクター、ジャー・ジャー・ビンクス。公開当時、とにかく彼に対する風当たりは強かった。それは単なる不人気というよりも、憎悪に近いレベル。

第20回ゴールデンラズベリー賞では、最低助演男優賞を受賞。イギリスの大手映画レンタルサイトが行った「映画史上もっとも不愉快なキャラクターは?」というアンケートでも、堂々の第一位。毒っ気が強いことで知られるアニメ『サウスパーク』では、喋り方がジャー・ジャー・ビンクスとそっくりな生き物が登場し、サウスパークの町人たちをイラつかせるというエピソードが作られた。「The Beginning: Making Star Wars: Episode I The Phantom Menace」というドキュメンタリー映像には、「ジャー・ジャーが今作のキーとなる」と語るルーカスの姿が収められているが、悪い形でそれが的中してしまった。

ジャー・ジャー・ビンクスを演じたアーメド・ベストは、「私のパフォーマンスが失敗に終わり、みんなをがっかりさせてしまった」と落胆を隠さない。だが、視覚効果スーパーバイザーとしてキャラクターに生命を吹き込んだジョン・ノールは、「私はこの偉業を誇りに思っている。私が取り組んだ中でも、最もエキサイティングでチャレンジングなものだった」と擁護。ルーカスは過去作を引き合いに出して、こんなコメントを残している。

「私が『新たなる希望』を撮ったとき、みんなC-3POに対して同じような感情を抱いていた。みんな彼を嫌っていたよ。彼は子供っぽすぎるし、ジョークもひどいと。『帝国の逆襲』ではそれを逆手に取って、彼をからかったり、鬱陶しい事実を認めたりもした。そして3作目ではイウォークで同じことをやった。みんな大騒ぎだったね」(*3)

特定のキャラクターがディスられることは、オリジナル・トリロジーでルーカスは経験済み。むしろ彼は、その批判ポイントを映画にとりこむことによって、ストーリーに奥行きをもたらしたのである。だがルーカスにとって計算外だったのは、ジャー・ジャー・ビンクスへの批判の声が、ネットを通じて高まるようになってきたこと。90年代後半に入ると、PCの普及につれて、誰しもが簡単にインターネットにアクセスできるようになっていた。

「ネット経由の批判が生まれてきた。メディアもファンの声に耳を傾けるようになった。ファンダムや特定のグループやブログがひどいことを言えば、彼らはそれを真剣に受け止める。そこから引き返すのはとても難しかったんだ」(*4)

帝国の逆襲』から『エピソード3/シスの復讐』まで(ルーカスフィルムがディズニーに買収されるまで)の制作費は、ルーカスが100%出資。彼の巨大な自主映画なのだ。『スター・ウォーズ エピソード2/クローンの攻撃』(02)以降、ジャー・ジャー・ビンクスの出番が激減してしまったのは、「ネット時代において、コンテンツ人気はファンダムの声に大きく左右される」という事実に、ルーカスが気づいてしまったからではないか。キャラが嫌われてしまっただけなら、ルーカスはかつてのC-3POのようなアプローチで続投させたはずだ。

作り手とファンダム。それはまさに、ドキュメンタリー映画『ピープルVSジョージ・ルーカス』(10)で描かれていたものだ。筆者は『ファントム・メナス』を観るたび、その関係性に思いを馳せてしまうのである。

(*1)https://ew.com/article/2015/11/25/ron-howard-george-lucas-star-wars-episode-i-phantom-menace/

(*2)https://www.empireonline.com/movies/features/star-wars-archive-george-lucas-1999-interview/

(*3)(*4)https://www.starwars.com/news/star-wars-episode-i-the-phantom-menace-oral-history

文:竹島ルイ

映画・音楽・TVを主戦場とする、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン「POP MASTER」(http://popmaster.jp/)主宰。

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