女性だけがかかる狭心症を日本で見つけた伝説の女性医師。女性外来を作ったパイオニアが痛感した病気の“性差”

不調を感じた際、女性が気兼ねなく受診できる場として存在する「女性外来」。

今から20年以上前に日本ではじめての女性外来設立に貢献したパイオニアがいる。

内科医・天野惠子さんだ。内科医として58年間、究極の男性社会である医学界を生き抜いてきた。

自身が更年期障害に悩んだ経験と、日本での更年期医療・医学の遅れを痛感し、女性特有の問題に専門的に対応する診察科の必要性を実感。多くの人々の協力を得て、女性外来開設へと至った。

著書『81歳、現役女医の転ばぬ先の知恵』(世界文化社)は、天野さんの生き方を通して、女性の「老いの壁」の乗り越え方を伝授している。

今回は、女性の人生の大きな転換期「更年期」について一部抜粋・再編集して紹介する。

胸に痛みの症状あるが異常なし?

私の専門は循環器内科です。心臓や血管の病気を専門とする科で、私は高血圧、狭心症、心筋梗塞、心臓弁膜症などの治療を得意としてきました。

1980年代の前半のことです。

当時、「胸に圧迫されるような痛みが起きる」といった狭心症の症状を訴える更年期前後の女性患者がよくやってきました。

症状はあるのに心臓カテーテルを入れてみても、血管のどこにも異常は見つからない。

狭心症の特効薬であるニトログリセリンも効きません。

私のところに来る前にほかの医療機関を受診して心臓神経症と診断され、「気のせいですよ」といわれて何の診断もされずに帰される人も少なくありませんでした。

私自身も、ニトログリセリンを処方して効果がなければ「狭心症ではない」と判断していたのですが、本当にそうなのか、疑問を持ちはじめていました。

更年期女性だけがかかる心臓病

こうした例が見られるようになって焦っていたとき、アメリカの循環器病学会で「微小血管障害による狭心症」という病気があると知りました。

女性の心臓神経症といわれる胸痛は、気のせいでも何でもなく、心臓由来だったのです。

心臓カテーテルで見過ごされる微小な血管の狭窄や収縮異常によって起こるもので、更年期前後の女性に多く見られるのが特徴ということでした。

そして、その学会では、その狭心症に有効な薬剤についても触れられていました。

「これだ!」

私は胸のつかえが取れたような思いで、自分の患者さんに試してみたところ、劇的に快癒したではありませんか。

以後、周囲の循環器医に「女性には、微小血管狭心症という、男性とは異なる狭心症がある」と話し、研究の必要性を訴えたのですが、なかなか取り合ってはもらえませんでした。

このタイプの狭心症は比較的、予後がよいということもありますし、周囲の医師たちは男性がほとんどです。「女性にだけ多い心臓病がある」と聞いても、ピンと来なかったのではないかと思います。

当時はまだ、病気に性差があるという考え方は、日本に入ってきていませんでした。

更年期の症状はさまざまある

女性ならではの不調や病気として代表的なのが、更年期症状です。

多くの女性は、50歳前後で閉経を迎えます。更年期とは、閉経前の5年、閉経後の5年、計10年間をいいます。

この間は、心身にさまざまな異変が表れます。

突然、顔がカーッと熱くなったり、上半身だけが一気に熱くなってのぼせたようになったりするホットフラッシュは、更年期の初期によく見られ、異常発汗を伴うこともあります。

このほか、めまいや頭痛、関節痛、不眠、慢性疲労、動悸、手足の冷えなど、更年期には実にさまざまな症状が出てきます。イライラ、抑うつなど、精神的に不安定になるのも、更年期の典型的な症状です。

更年期は体を整える習慣を

以上のような症状がエストロゲンの分泌量が減ることによって起こります。

エストロゲンは、30代半ばくらいまでが分泌のピークで、30代後半以降は徐々に減っていき、更年期に入る40代半ばからは、アップダウンをくり返しながら急激に減少します。

エストロゲンが減少してくると、脳はそれを察知し、「もっと分泌しなさい」と卵巣に指令を出します。

最初は卵巣もそれに応えて頑張りますが、だんだん応えられなくなってくるのです。でも、脳は「もっともっと」と指令を送り続けます。

こうして脳と卵巣との連携プレイが乱れ、指令を送る脳の視床下部にあるホルモン中枢は混乱し、そのことで、同じ視床下部にある自律神経の中枢にも影響が及び、ホットフラッシュ、冷えや動悸など、自律神経に関係するさまざまな不調が出てくるのです。

とはいえ、すべての人に不調が表れるわけではありません。

更年期症状を感じる人は全体の6割程度で、残りの4割はこれといった不調は覚えず、月経周期がバラつく、ついに月経が来なくなった、といった変化を感じる程度です。

また、更年期症状を感じる人のうちの3割弱は、生活に支障が出て、治療が必要なほど重い症状を訴えます。このような場合、「更年期障害」と呼ばれます。

更年期に症状がなく過ごせた人も、エストロゲンが減少して体質が変化していますから、アフター更年期、そして老年期に、体を整える習慣をつけるよう心がけることが大切です。

天野惠子
1942年生まれ。内科医。医学博士。静風荘病院特別顧問。日本性差医学・医療学会理事。NPO法人性差医療情報ネットワーク理事長。性差を考慮した女性医療の実践の場としての「女性外来」を日本に根付かせた伝説の医師として知られる。「患者さんの立場に立ち、最良の医療を提供する」をモットーに、81歳の現在も病に苦しむ患者やその家族と向き合う臨床に携わり続けている。『女の一生は女性ホルモンに支配されている!』(世界文化社)など著書多数

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