超円安時代の今こそ読むべき漫画『ハイパーインフレーション』 愉快すぎる経済学の入門書

日本で最も“粋”な経済学入門漫画を今回は紹介!

年間数百タイトルの漫画を読む筆者が、時事に沿った漫画を新作・旧作問わず取り上げる本連載「漫画百景」。第三十三景目は『ハイパーインフレーション』です!

ここ数年進行していた円安傾向に拍車がかかり、4月29日には34年ぶりの1ドル=160円台を記録するなど、歴史的な円相場となっている昨今。為替介入も行われるなど、未曽有の事態──まさにハイパーインフレーションとなっています。

経済について勉強しなくてはと思っている方も多いのではないでしょうか。そんな方に今こそおすすめしたい本作を、今回は紹介します。

超精巧な贋札を武器に、少年が大国に経済戦を挑む

漫画『ハイパーインフレーション』は、2020年11月〜2023年3月まで少年ジャンプ+で連載された、住吉九さんによる作品です。

主人公はヴィクトニア帝国の奴隷狩りに両親を奪われ、姉と2人で生きるガブール人のルーク

大国のヴィクトニアと渡り合うためには金こそが武器になると信じ、帝国のヴィクト人との商売を通じて彼らの言葉を覚え、商談の腕を磨いている少年です。

しかし、無慈悲な奴隷狩りに姉を奪われ、その手先が親帝国派ガブール人だったことに絶望。失意の底で神を名乗る謎の存在と邂逅し、身体から帝国の紙幣「一万ベルク札の超精巧な贋札=ハイパーノートを生み出す力」に目覚めます。

ルークは偽札・ハイパーノートを武器に、帝国から自由を買い取ることを決意。帝国への道行きで出会う大商人・グレシャムや、素性が謎だらけの切れ者・レジャットといった海千山千の猛者を相手にした駆け引きで経験を積んでいきます。

そして、姉を救い、ガブール人の自由を勝ち取るための経済戦を帝国に仕掛けていくのです。

「アニメ化してほしいマンガランキング」で1位も……?

『ハイパーインフレーション』は2023年に、世界最大級のアニメイベント「AnimeJapan」の名物企画「アニメ化してほしいマンガランキング」で見事1位を獲得しています。

当時の受賞作者コメントには、「でもアニメ化のオファーが現在来ていないので、多分『アニメ化が難しそうマンガランキング』があっても1位をとっていたことでしょう。どういう内容か気になる方は、ぜひマンガを読んでみてください!」とあります。

作者自らアニメ化が難しそうと言ってしまう理由は、たぶん、アクが強すぎる登場人物たちでしょう。どんな性格をしているのか? 以下からネタバレを含むので、未読の方はご留意ください。

ルークにグレシャム 濃すぎる登場人物たち

主人公・ルークが毎話のようにオーガズムを感じて蕩けている漫画が『ハイパーインフレーション』です。

嘘じゃないです、本当です。

ルークは前述したように身体から贋札(ハイパーノート)を生み出す力に目覚めるのですが、心臓が軋み身体がダルくなる副作用があり、描写が完全にソレなのです。

ルーク本人はめちゃくちゃ頑張ってハイパーノートを生み出しているので、本来コミカルな場面ではないのですが笑えて仕方がない。

また、金を稼ぐことが唯一絶対の行動原理である商人・グレシャムもかなり癖が強いです。金を稼ぐためなら奴隷も武器もなんでも商う人物で、モラルや良心には毛ほども興味がありませんルークの姉が奴隷狩りでさらわれる要因をつくったのも彼でした。

一方で、帝国のヴィクト人が見下しがちなガブール人への差別意識はなく、特大の価値があると見抜いたルークや大切な部下・フラペコを守るためには身体を投げ出します。でも、金を積まれれば一瞬で裏切る。何とも憎めないキャラクターです。

ほかにも、紙幣を偽造した300人以上の人間を絞首刑に追い込んだ奇才・贋札殺しや、彼に憧れて贋札づくりの腕を磨き上げた粋な女・ビオラなど、強烈なキャラクターがどんどん出てきます。

そして、彼らが譲れない信念を懸けて行動を起こし、それが妙に笑えるのが本作の魅力。シュールギャグのセンスが随所に光っています。

1巻のカバー裏には「真剣に何かに取り組む姿が滑稽にカッコ悪く見えることがあるが、そんなのは最高で、このマンガでは、それを描いた。無論──真剣に。」との作者コメントがあるので、完全に意図したものなのでしょう。

その真剣な滑稽さは読者に刺さり、完結した2023年には、Xで最も話題になった漫画の第2位にも選出されました(外部リンク)。

では、キャラクターの魅力だけで評価されているかと言えば、そうではありません。全6巻・58話に凝縮された濃厚な情報戦と駆け引きが、多くの読者を唸らせたのです。

経済を大混乱に陥れる贋王・ルークの凶悪な作戦

ルークが生み出すハイパーノートには、偽造防止の識別番号がすべて同じという致命的な欠陥があります。

元手無しで無限に精巧な偽札を生み出せはするものの、番号が発覚すれば終わり。一気に贋札としての価値が下がるのです。

帝国側の秘密警察だったレジャットは、ルークから番号を引き出そうとあの手この手で迫ります。例えば自白剤ですが、これはルーク自身が番号を覚えないことで打開。拷問で受けた時には、ハイパーノートに見せかけた真札を使って騙し危機を乗り切ります。

ルークもハイパーノート以外の贋札をつくってレジャットを撹乱するなど、騙し騙されての攻防が絶えず続き、常に緊張感のある駆け引きが繰り広げられました

なお、致命的な欠陥のあるハイパーノートでどうやって帝国と渡り合うのか? とは誰もが思ったものです。作中ではハイパーノートの卸売りが提案されます。

使うのではなく売る。仔細を省き説明すると、帝国中で大量のハイパーノートを同日同時刻に一斉に売り出し、国中に無数の贋札をばらまくことで経済の破壊を目論む凶悪な一手です(同時に自分たちは利ざやで儲ける一石二鳥の方法)。

この一手をちらつかせて帝国を脅迫し、商談で優位に立とうというのがルークの作戦となります。作戦は物語が進むごとに多少の変更が加えられますが、帝国中に大量の偽札をばら撒く要点は同じです。

必要十分なハイパーノートを生み出し、国中に輸送して一斉に売るのが先か帝国の人間に捕まり番号がバレるのが先か。帝国全土を舞台に、ルール無用の鬼ごっこが展開されました。

エンタメ漫画であり、経済学の入門書でもある『ハイパーインフレーション』

ここまで見てきたように、本作は経済がキーワードになっています。

史実にあった出来事もモチーフにした、お金や商売の仕組みに関わる描写が豊富です。

贋金のつくり方にはじまり、為替による商売、損害保険を利用した詐欺、卸売りや流通の基本、各国でかつて採用されていた金本位制などの制度、紙幣の作り方と贋札との戦いの歴史、贋札の上手な使い方と見破り方、なぜインフレが起こるのか……とにかく膨大。

経済学を学ぶ十分なきっかけになり得ます。漫画の形をした経済学の入門書と言っても差し支えありません。

悪いインフレ(物価は上がるが賃金は下がる)が続く今こそ、『ハイパーインフレーション』を読むに適したタイミングです。経済を真面目に笑いながら学べる傑作です!

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