「仕事に何を求めるかは、自分で決めなければならない」トラックで移動生活を送る元グーグルのエンジニアと行動を共にして考えたこと

(※写真はイメージです/PIXTA)

仕事とプライベートをきっちり分けて働くのか、仕事にどっぷり浸かって働くのか、働き方は人それぞれですが、「仕事に何を求めるかは、自分で決めなければならない」と、有名デザインコンサル会社IDEOの元デザインリードであるシモーヌ・ストルゾフは著書『静かな働き方』(日経BP 日本経済新聞出版)の中で述べています。著者が元グーグルのエンジニア、ブランドン氏と行動を共にして感じたことは? 『静かな働き方』の内容を一部抜粋して紹介します。

ついにトラックを売りに出した元グーグルのエンジニア

2022年1月、(元グーグルのソフトウェアエンジニア)ブランドンはクルマの鍵を開け、移動式住居の中を見せてくれた。車内の簡素な内装には驚いた。1980年代によく描かれた未来的な独房のようだったのだ。家具は2つしかない。ひとつはアマゾンで購入したというツインサイズのマットレスが載った金属製の簡易ベッド。もうひとつはワードローブ、本棚、薬入れとして使われている背の高い黒い棚だ。約1週間分の衣類がそこに仕舞われている。アークテリクスのジャケットが2着と特別な日のために着るスパンコールをあしらったマーメイドの衣装などだ。壁には青いマスキングテープで銀色の断熱パネルが貼り付けられていた。「居心地をよくしたいわけじゃないんだ」とブランドンは語る。「外に出たくなるようにしたいわけだから」

ブランドンが外で過ごす時間は増えている。1年前にグーグルを辞めたのがきっかけだ。「同じ4つの壁を見つめていると飽きてくるんだ」と言う。彼の言葉に皮肉は少しも含まれていない。2021年の初め、ブランドンは8人の人工知能スタートアップに参画した。その会社のオフィスにカフェや洗濯室はない。「ただの仕事だよ」とブランドンは話す。

自宅を紹介してもらった後、ブランドンと僕は彼の郵便物を受け取るために、グーグルのキャンパスからクルマで少し移動した場所にある私書箱に向かった。信号待ちの間に遊べるシャボン玉のおもちゃ以外、トラックの運転席には何もない。ルート101を南下し、テック企業のオフィスや、グーグルの幹部がNASAから特別な許可を得てプライベートジェットを停めているモフェット・フェデラル飛行場を通り過ぎた。

「僕の人生はあまりに恵まれていたからすごく罪悪感があるんだ」と、運転席とトレーラーを隔てる金属製の扉がガタガタと鳴る音を背景にブランドンは話す。「でも、罪悪感は強力なモチベーションになると思う。だからそれを利用するつもりだ」

ブランドンは罪悪感を糧に、次のキャリアを切り開こうとしている。彼はグーグルの元同僚と一緒に、南オレゴンに移住して非営利団体を設立した。「シリコン・アレー」と名付けられたこの団体は、気候変動と所得格差の問題に取り組む非営利団体に、補助金を通じてテクノロジーコンサルティングを提供することを目的としている。

雇用主からのシャワーや食事の提供がなくなったので、トラックを持っている意味もなくなってしまったという。「このトラックは人生をうまく進めるための道具だった」と車線を変えながらブランドンは淡々と話す。「でも以前のような生活をもうしないなら、これはもう必要ないんだ」。彼はこの日の前日に、トラックを売りに出していた。

仕事に何を求めるかは、自分で決めなければならない

ブランドンの確固たる信念は新鮮に感じる。彼のブログを見つけて初めて連絡を取ったとき、どんな話を聞けるか想像がつかなかった。雇い主の駐車場に停めたトラックに住むソフトウェアエンジニアの話は、仕事に完全に浸った生活の危険性を示す興味深い事例になるかもしれないと勝手に思っていた。しかし、ブランドンの話はそのような単純なものではなかった。

ブランドンと同じ選択をするかどうかは別として、仕事への取り組み方をある程度自由に選べる幸運な人にとって重要なことは、仕事と人生の線引きを意識的に決めることだ。そうしなければ仕事は風船のように膨らみ、人生の余白はどんどん奪われてしまう。

どのようなワークライフバランスがあなたにとって最適かはわからない。あなたもブランドンと同じように、仕事をする時間としない時間を明確に分けた方が生きやすいかもしれない。あるいは、生活に仕事のタスクを組み込んでも問題なくこなせるかもしれない。

いずれにしろ、僕に言えることは、そしてブランドンのトラックの助手席で揺られながら気づいたことは、仕事とのよい関係を築くためには、仕事との関係に何を望むかを意識的に決めなければならないということである。そうしないと、あなたの雇い主が喜んで、あなたの代わりにそれを定義することになるだろう。

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