栗島朱里が浦和RLアジア制覇の立役者に。「影のMVP」と監督も称賛【現地取材】

楠瀬直木監督(左)栗島朱里(右)写真提供:WEリーグ

AFC女子クラブチャンピオンシップ2023、招待トーナメント(Invitational Tournament)決勝が5月10日に浦和駒場スタジアムにて行われた。

アジア最強の女子サッカークラブを決めるこのビッグマッチで、日本のWEリーグ所属の三菱重工浦和レッズレディースが仁川現代製鉄レッドエンジェルズ(韓国)と激突。最終スコア2-1で勝利し、アジア女王の称号を得ている。

浦和の最大の勝因は何だったのか。ここでは現地取材で得た同クラブ楠瀬直木監督の試合後コメントを紹介しながら、この点に言及する。


楠瀬直木監督 写真提供:WEリーグ 

「栗島はゲームの流れを掴める」

楠瀬監督はこの試合終了後に行われた会見で、筆者の質問に回答。基本布陣[4-2-3-1]の2ボランチの一角として先発した、浦和MF栗島朱里を称えている。

ー全ての選手が持てる力を出したことに敬意を表します。そのうえで栗島選手の話をさせてください。準優勝に終わった今年1月の皇后杯(JFA第45回全日本女子サッカー選手権大会)決勝と今日の試合の違いは、栗島選手が出場したかそうでないかです。今回の決勝戦を拝見したところ、栗島選手によるビルドアップ(自陣からのパス回し)を落ち着かせるための立ち位置や、守備の出足の鋭さが物を言ったように感じました。この点につきまして監督の評価をお伺いしたいです。

「栗島は色々な困難を乗り越え復活してくれました(2021年10月の前十字靭帯断裂から戦列復帰・復調)。本当に視野が広くなったのと、ゲームの流れを非常に掴めるようになりましたね。今ではなかなか(先発から)外せない選手のひとりです。今日も本当に良い仕事をしてくれました。影のMVPのひとりだと思っています」


柴田華絵 写真提供:WEリーグ 

ビルドアップに難があった皇后杯決勝

1月27日開催の皇后杯決勝INAC神戸レオネッサ戦では、1-0とリードしながら後半アディショナルタイムにDF石川璃音が自陣ペナルティエリアでハンドの反則をとられ、神戸にPKを与える羽目に。このチャンスを相手FW髙瀬愛実に物にされ延長戦に持ち込まれた浦和は、その後のPK戦で神戸に敗れた(延長戦後スコア1-1、PK戦スコア5-6)。

この試合で浦和が優勝を逃した真の原因は、追加点を奪えなかったことやボール保持を安定させられなかった点だと筆者は考える。基本布陣[4-2-3-1]の浦和の速攻は鋭く、サイド攻撃にも厚みがあったが、この時点ではビルドアップに難があった。

この試合では浦和の2センターバック、石川と高橋はなの両DFが自陣でボールを保持した際、柴田華絵と角田楓佳の両MF(2ボランチ)のどちらかが神戸の2トップの間もしくは斜め後ろに立ち、パスコース作りに注力。ここに立っていた柴田や角田へ、2センターバックからパスが供給されればチャンスに繋がっていたであろう場面がいくつかあったが、特に前半はこの縦パスが少なかった。

ゆえに浦和のビルドアップのパターンが、しだいにセンターバックからサイドの選手への横パスに偏り、攻撃が単調になってしまった感が否めず。2ボランチの立ち位置にもう少しバリエーションがあれば、浦和の攻撃はより多彩になる。こうした感想が筆者に残った。


浦和レッズレディース 写真提供:WEリーグ 

顕著に表れた皇后杯決勝との違い

浦和に残ったこの課題を3月以降の公式戦で解決したのが、先述の皇后杯決勝でベンチ入りしながら出場がなく、3月3日の神戸戦(WEリーグ第8節)を境に先発に定着した栗島だった。

今回のAFC女子クラブチャンピオンシップ決勝でも、栗島は的確なポジショニングで浦和のビルドアップを牽引する。適宜味方2センターバック間へ降り、[5-3-2]の守備隊形で構える仁川の2トップとの数的優位(3対2)を確保していたほか、いつものようにセンターバック石川と右サイドバック遠藤優の間へ降りる場面も。これはWEリーグ屈指の快足MF遠藤を高い位置へ上げるための工夫であり、かねてより栗島が繰り返しているプレー。この「いつものプレー」が、アジア女王の座がかかる大一番でも浦和に落ち着きをもたらした。

清家貴子 写真提供:WEリーグ 

前半の2ゴールでアジア女王に

前半13分、浦和は敵陣でボールを失うと、最終ラインの背後へ縦パスを通される。このパスの処理を同クラブDF長嶋玲奈が誤り、ボールロストから仁川の攻撃を浴びると、MFイ・ソヒにミドルシュートを突き刺された。

仁川にワンチャンスを物にされる苦しい展開となったが、浦和は先述の通り栗島のポジショニングが冴え渡り、ビルドアップが徐々に安定していく。迎えた前半22分、敵陣右サイドへ攻め上がった栗島がここで攻撃の起点を作り、中央のMF伊藤美紀(左サイドハーフ)へパスを送る。伊藤が仁川の最終ライン背後へ浮き球を送ると、これに反応したFW清家貴子(右サイドハーフ)が相手GKキム・ジョンミの頭上を射抜くシュートを放ち、同点ゴールを挙げた。

同26分にはMF塩越柚歩のコーナーキックにFW島田芽依がヘディングで合わせ、ゴールゲット。浦和が前半のうちに試合をひっくり返した。

仁川は後半から布陣を[4-4-2]に変えたものの、これにより浦和はハイプレス(前線からの守備)を仕掛けやすい状況に。FW島田とトップ下の塩越の2人で仁川の2センターバックへアプローチしやすくなったほか、栗島と柴田の2ボランチも相手の2ボランチを捕捉。浦和は駄目押しの3点目こそ奪えなかったが、敵陣でのボール奪取からいくつかチャンスを作り、仁川に反撃の機会を多く与えず。前半のリードを守り抜き、アジア女王に輝いた。


浦和レッズレディース 写真提供:WEリーグ 

栗島の完全復活が浦和の原動力に

2021年10月14日に、自身2度目の前十字靭帯断裂(膝の大怪我)に見舞われた栗島。翌年10月に戦列復帰してからも再受傷の恐怖に悩まされていたことを、今年4月10日実施の筆者とのロングインタビューで明かしている。

「復帰してから人とぶつかるのが(接触プレーが)怖くて、これが最近まで続いたのですが、ウィンターブレイク明けの神戸戦から自分のなかで感覚が変わりました。それまでは(なるべく他の選手と)ぶつからないようにプレーしていて、(時が経つにつれ)自分のなかで怖さが無くなってきたと思っていたんですけど、潜在的に怖がっている部分がありましたね。自分ではもう怖くないと思っていても、いざそのプレーになると人に強く当たれないという状況が続きました」

「怖くないと思っていても、体がその状況(接触プレー)を避けるようになっている。どうすればこれを改善できるのか。これについては本当に最近まで悩みましたし、試行錯誤してきました」

「何がきっかけかは分からないですけど、神戸戦はなぜか全然緊張しませんでしたね。ウィンターブレイク中の沖縄合宿で練習試合を重ねたのもありましたし、自分の近くでプレーしている柴田選手、伊藤選手、塩越選手とも阿吽の呼吸が成り立っていて。この人がそのポジショニングなら、自分はここに立つというように、みんながバランスをとってくれる。自分の近くには、こんなにも心強い仲間がいると思えました」

「自分でボールを奪いきれなくても、自分が相手選手の体勢を崩してルーズボール(こぼれ球)にできれば、それを柴田選手や伊藤選手が拾ってくれる。こうした背景があり、本当の意味で接触プレーが怖くなくなった。それが3月3日の神戸戦でした」

この言葉通り、栗島は3月3日の神戸戦以降、持ち前の鋭い出足で浦和のハイプレスを下支え。同選手の復調に呼応するかの如く、浦和はWEリーグ2023/24第9節から19節まで12連勝を達成する(3月27日に第20節を前倒し消化)。栗島がレギュラーへ返り咲いたこの間、浦和は9つの無失点試合を達成している。栗島がトップフォームではなく、先発に定着していなかった今季のリーグ序盤7試合で浦和の無失点ゲームがひとつだけだった事実を踏まえても、同選手の影響力の大きさが窺えるはずだ。

アジアの覇権がかかった今回の大一番でも、栗島の守備の出足は鈍らなかった。これに加え[5-3-2]の守備隊形で撤退した仁川へのアプローチも的確で、相手がハイプレスを仕掛けないと見るや独力でボールを運び、仁川の守備ブロックに穴をあけている。「ゲームの流れを掴めるようになった」。冒頭の楠瀬監督の試合後コメントは、相手の出方に即した栗島の優れたプレー選択を指すものだろう。

後半途中からは左サイドバックを務め、これも遜色なくこなしている。ジュニアユース時代から浦和一筋。まさしくバンディエラ(※)の29歳栗島が、多彩なプレーで浦和にアジアタイトルをもたらしてみせた。

「今はすごく楽しくサッカーをできている」。これは3月27日のアルビレックス新潟レディース戦(WEリーグ第20節)終了後に、栗島が残したコメントである。トップフォームを取り戻し、大切な仲間とサッカーをすることの喜びを噛み締めていた背番号6のレジェンドに、勝利の女神が微笑んだ。

(※)イタリア語で「旗手、旗頭」の意。サッカー界ではひとつのクラブに長く所属している選手を指す。

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