”動物虐待”の批判で、あり方に揺れた「上げ馬神事」…祭りはどう変わり、人々は何を思うのか 三重県

700年近い歴史を誇る、三重県桑名市の多度大社の上げ馬神事は「動物虐待」との批判を受け、今年から“改善”されました。様変わりした伝統の神事を、地元の人々や見物客はどんな思いで見つめたのでしょうか。

4日と5日、多度大社での多度祭のメインの1つが上げ馬神事です。祭の始まりを待つ人たちにメ~テレの濱田隼アナウンサーが思いを聞きました。 地元の人 「スリルがあったじゃないですか、上がるか上がらないかという。その期待感も薄れているから、ちょっと張り合いがない。それは今の時代、致し方ないと思っている」 別の地元の人 「長年、継承されてきた祭なので、形を変えながら継承されていくのではないか」 多度大社の上げ馬神事は、三重県の「無形民俗文化財」に指定されています。 坂を駆け上がった先に作られた壁の高さは約2m。 これは、馬術の競技で設置される障害物を大幅に超える高さです。 壁を乗り越えるため、あの手、この手で、馬を引き上げます。

酒や興奮剤を与え、棒で叩いた過去

メ~テレのアーカイブに残っている、1962年の映像。 土の壁は当時から作られていたことが分かります。 県などによりますと、過去には馬が勢いよく駆け上がっていくよう、事前に酒や興奮剤を与えたり、ムチや棒で叩いたりしていたといいます。

上げ馬神事への批判

2011年、動物愛護団体などからの指摘を受け、県の教育委員会は馬の扱いを改善するよう、勧告を出しました。 しかし、馬の事故はなくならず、2010年以降、4頭が骨折などをし「回復の見込みがない」として殺処分されました。 上げ馬神事に対する非難の声が、一段と高まったのは、去年のことです。 コロナ下の中断を経て4年ぶりの開催となりましたが、坂の途中で1頭が転倒して足を骨折、殺処分されたことに対し、SNSでは「馬は道具でもモノでもありません」、「神事という名の動物虐待」と批判がヒートアップ。 多度大社には、2000件を超える批判が寄せられたといいます。

エスカレートする批判

殺処分された馬の共同馬主の石川信介さん(去年8月取材) 「みんな愛情を込めて世話をしていたので、(殺処分が)本当に悲しかった。まさかここまで激しい批判を受けるとは思っていなかった」 殺処分された馬の馬主のひとり、石川さん。 批判はエスカレートし「あんたは人間ではない ゴキブリ以下 害虫ははやく消えろ」というはがきも寄せられました。 石川さん 「地域とか地区に貢献できるような恩返しができるような気持ちで馬主もやらせてもらった。今回の件があったので馬主として関わることはやめます。二度とこんな悲しい思いをしたくない」 去年8月、県は多度大社に対し、2度目となる改善勧告を出しました。 そして反対派の市民団体は「廃止を求める」署名を提出。

改革を迫られた神事

検討を続けてきた多度大社や氏子でつくる総代会は今年2月、存続に向け大幅な「改善策」を発表しました。 多度大社 平野直裕権宮司 「改めるところはちゅうちょなく改善し、時代にあった神事に改革しなければならない」 御厨総代会 伊藤善千代会長 「地元としては歴史ある上げ馬神事を、今後も人馬一体の祭りとして継承していきたい」 「変更後」のコースでは傾斜は緩やかになり、走りやすいよう砂がまかれています。100m先の坂の上にあった土の壁は、完全に撤去されました。 馬の行く手を阻むものは、何もありません。 検討会には獣医師や馬術の選手など、馬の専門家も加わりました。 その1人が、乗馬クラブの代表を務める中村勇さんです。 乗馬クラブ代表 中村勇さん 「『壁を残してくれ』という話もけっこうあった。1mでもいいから低くてもいいからという話。祭り側の人にとっても、全くなくなるわけなのでかなりの決断になったと思う」 神事で馬と接する人は事前に中村さんから、馬の正しい扱い方などを学ぶほか「動物愛護の精神に従う」などとする承諾書への署名も求められました。

本番前のリハーサル

開催が2週間後に迫った、4月20日。 これまでは本番の一発勝負でしたが、馬をコースに慣れさせるため初めてリハーサルが行われました。 今年の騎手の1人・水谷蓮治さん(17)は「そのまま走っていくだけなので乗っている側としても危険な場面はなかった」と話しました。

祭り当日、動物愛護団体が抗議

迎えた、当日の朝。 多度大社の目の前にある飲食店では例年、完売するという有料の観覧席が今年は半分ほどしか埋まらなかったといいます。 紅葉屋店主 平野博起さん 「今まで上げ馬祭りだったのが、”坂駆け抜け祭り”になった。新しい景色になったんじゃないかと思う。去年のような批判はないと思う」 そして…。 濱田アナウンサー 「神事が始まるまで、10分を切りました。歴史・伝統が変わります。それを見に、多くの見物客が集まってきました。獣医師が待機し万が一、馬がけがをしたときにすぐに対応ができるよう対策がとられています」 去年まで6つの地区が参加していましたが、今年は3つの地区に留まり、参加する馬は2日間で9頭でした。 最前列で動物愛護団体のメンバーが抗議のプラカードを掲げる中、今年の上げ馬神事が始まりました。

見物客「これで終わり?」

濱田アナウンサー 「歴史が変わる第1走です。馬が走ってきました。スピードをあげてきた、一気に馬が何事もなく駆け上がりました。沿道からは拍手が送られています。しかし、去年までのような大歓声ではなかったような感じもします」 2頭目も一気に駆け上がっていきました。 見物客からは「これで終わり?はやかったね」という声が聞かれました。 初日は6頭が走りましたが、最後まで見届けず、途中で帰る見物客の姿も目立ちました。 2日目もすべての馬が坂を最後まで駆け上がっていき、けがをした馬はいませんでした。 三重県医療保健部 南川喬子さん 「(2日間)医療保健部で監視を行ったが動物愛護法に抵触するような大きな行為は確認されていない」

駆け上がりとは別にトラブルも

一方で、抗議活動をしていた動物愛護団体のメンバーと地元の人が言い争いになり、警察などが止めに入る一幕も。 今後、上げ馬神事はどうなるべきか。動物愛護団体に聞きました。 動物愛護団体のメンバー 「動物利用をなくして、馬を奉納するのであれば、(弘前)ねぷた祭りのように張り子などで美しいオブジェをつくり、担いで奉納したら、素晴らしいのではないか」 今年、2日間で訪れたのは計14万人。 多度大社によると去年の7割ほどに減ったということです。

祭りが失った代わりに得たものは?

様変わりした、伝統の神事を見守った人々に聞きました。「何を失い、何を得たと思いますか?」 見物客からは… 「人も少ないし盛り上がりは今までと全然違いますよね」 「正直言えば迫力には欠ける。馬には優しくなった」 「(我が子を)危ないから乗せたくないという気持ちがあったが、今年見ていて、これなら乗せても良いかもと」 「客席から見たら、正直『つまらない』などの感想もあると思うが、乗り子(騎手)としては安全でいいのかなと思った」 騎手を務めた水谷さんは… 「安全さは得たと思うが、壁があることでの盛り上がりはなくなったと思う」 多度大社御厨総代会の伊藤善千代会長は… 「あれだけの観客が来て、拍手もいただいた。こういう状態を続けていければと思っている」 これまでは壁を乗り越えた回数で、農作物の吉凶を占ってきましたが、今年からは一体、どうなるのでしょうか。 伊藤会長 「若い人たちには、豊作とかなんとか言っても響かないと思う。これは時代だと思って仕方ないと思う」 馬の扱いを指導してきた中村さんは…。 乗馬クラブ代表 中村勇さん 「失う・失わないは今の段階ではわからない。100年後、ぼくらがいなくなった世代の人たちがこの祭りをどう評価してくれているのか。継続されているのか。なくなっているのか。そこでの判断になってくると思っている」

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