内覧希望のメールを無視!?…家主や不動産会社のホンネ「できれば高齢者に貸したくない」のワケ【司法書士が解説】

(※写真はイメージです/PIXTA)

当然ですが、生きていくうえで「住まい」は必要不可欠です。しかし70歳以上の高齢者はその「住まい」を確保する難易度が格段にあがると、司法書士の太田垣 章子氏はいいます。いったいなぜなのでしょうか。『死に方のダンドリ』(ポプラ新書)より、詳しくみていきましょう。

超高齢社会の日本で「高齢者が家を借りられない」という衝撃

高齢者――。ただそれだけで部屋を借りにくくなる現実があることを、ご存じでしょうか。

生きるのに欠かせないと言われる『衣食住』ですが、高齢になれば、日々着るものはすでに持っています。お出かけのための洋服や装飾品も、身に着けて行く場が少なくなれば必要がありません。食べるものへの欲求も小さくなっていくでしょう。連日、高級なフランス料理や肉なんて胸やけして食べられません。このように、高齢になると『衣』も『食』も重要度は低くなります。

一方、『住』は誰にとっても、何歳になっても必要不可欠な生きる基盤です。ところが、その住まいを借りられないだなんて、そんなことが本当にあるのかと思われるかもしれません。

しかし実際のところ、70歳を超えていることを伝えただけで、不動産会社の反応は鈍くなります。場合によっては、内覧希望をメールで送っても返事すら返ってこないこともあります。

大手企業を勤め上げて資産を持っていても、近くに身内が住んでいても関係ありません。高齢者というだけで、家主も不動産会社も、積極的に部屋を貸すのを嫌がるのです

私は20年前から、ふとしたことをきっかけに賃貸トラブルに関する訴訟手続きに関わるようになりました。特に家賃を払わない滞納者の明け渡し訴訟が多く、その数はこれまでに3,000件弱にのぼります。

件数的にはもっとたくさん携わっている先生もいると思いますが、相手方との関わり方の深さでは、日本一だと自負しています。なぜなら、相手方となる滞納者は最終的に住む場所を失うことになるため、どうしても深く関わらざるを得ないのです。

そのため私は、彼らが部屋を明け渡したあともホームレスにならないように福祉とつないだり、次の転居先を探したり、親御さんのところに一緒に頭を下げに行ったりと、時には司法書士の仕事の枠を超えて関わりながら今まで数々の難題を解決してきました。

筆者が頭を抱える「70歳以上の滞納者」の現実

そんな私でも滞納者の年齢が70歳を超えてくると、心配が高じて夜も眠れない日が増えてきます。高齢者の場合、次の部屋を貸してくれるところがなかなか見つからないからです。

なぜだと思いますか。理由はさまざまありますが、一番は「高齢者には孤独死の恐れがある」からです。

そもそも一般の方々には知られていないのですが、賃貸借契約は財産権なので、契約を結んだ賃借人が亡くなった場合、その相続人に相続されます。賃借権だけでなく、部屋の中の物もすべて相続人の財産となります。ところが荷物を全部撤去してから亡くなる賃借人はいません。家主側は勝手に他人の物を撤去できないので、荷物は相続人に片づけてもらうか、処分の同意を得ることが必要になります。

たとえば身寄りのない単身高齢者が亡くなった場合、家主側はまず相続人を探して、その方と賃貸借契約を解除して部屋を片づけ終わらないと別の入居者に貸すことができません。ましてや相続人が複数になる場合、法律上は相続人全員と解約手続きをしていくことが求められています。

しかし、個人情報の保護が叫ばれる現代では、利害関係者であったとしても相続人を探して連絡を取るのは非常に難しいことです。それなのに、民間の家主が相続人を探さなければならないとなると、これは大変な負担です。

ようやく相続人を確定できたと思っても安心はできません。相続人が行方不明の場合があるからです。行方不明だからといって、手続きがすぐに終わるわけではありません。この場合には、不在者財産管理人を選任して、その管理人と手続きしていくことになってしまいます。

また、ようやく見つかった相続人が、相続放棄してしまうことも多々あります。相続人側からすると、協力したいけれどできないといったところでしょうか。残念ながら善意で賃貸借契約の解約や荷物の処分をすると、その法律行為は、財産をいったん相続したものとみなされ、その後に相続放棄したくてもできなくなってしまうからなのです。

高齢者の賃貸は「家主のリスクが高すぎる」ため敬遠されがちに…

そもそも賃借人が亡くなったことを知らず、家主側から連絡を受けるような場合や、賃借人が亡くなったことを知っても知らぬ顔をしている場合は、賃借人との関係が希薄なのでしょう。そうなると亡くなった賃借人が多額の借金や家賃の滞納をしていても、知らない可能性があります。後から相続人のところに借金取りが来ても困ってしまうため、保身を考えて相続放棄をしたいと考える人が多いのも致し方ありません。

ところが相続人が相続放棄したからと言って、不在者財産管理人のときと同じで、このまま終われるわけではありません。

相続人が相続放棄してしまい、次順位の相続人も相続放棄して、相続人が誰もいなくなった場合には、民法上は相続財産清算人を選任申し立てし、その清算人と手続きを取っていくことになります。すべての手続きが終わるまで、少なくとも1年以上はかかってしまいますが、家主側は当然、その間の賃料報酬を得ることができません。

また相続財産清算人はボランティアではないため、賃借人の資産から報酬が得られないとなると、辞任せざるを得なくなることもあります。そうなれば、家主側は何もできない、ということになってしまいます。結果、家主側にすべての負担がのしかかってしまうというわけです。

部屋の賃借人が孤独死した場合の、具体的なトラブルを挙げてみます。

・相続人である家族が相続放棄してしまったので、荷物の処分をしなければならなくなった
・遺品整理に多額の費用と時間がかかり、その費用が家主負担となった
・死臭や亡くなった痕跡が残り、次の借り手が見つからず、建物が取り壊しとなった
・生活保護受給者だったが、亡くなった日からの家賃補助が打ち切られ、室内の家財道具撤去費用を負担してもらえなかった
・連帯保証人である遺族に無視され、遺品の引き取りにも来ない
・病死であっても近隣の噂で耳に入るので、募集しても入居申し込みがない

こうした声を聞くと、家主や不動産会社が「できれば高齢者に貸したくない」と思うのは無理からぬことかもしれません。

太田垣 章子
司法書士

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