年110万円までは非課税でしょ?…年金月35万円の80代・元公務員夫婦、溺愛する51歳ひとり息子への“お小遣い”に「多額の追徴課税」のワケ【税理士の助言】

(※写真はイメージです/PIXTA)

税務調査というと、個人事業主や法人のイメージが強く、会社員や主婦など個人にはあまり関係がないと思っている人も多いのではないでしょうか。しかし、そんなことはありません。税務署は個人に対しても目を光らせているのです。専業主婦ながら多額の追徴税を課されてしまったAさんの事例をみていきましょう。多賀谷会計事務所の宮路幸人税理士が解説します。

溺愛する息子に厳しくできない老夫婦

88歳の夫(Aさん)と86歳の妻(Bさん)は、どちらも元公務員で、退職金は約3,000万円。また年金は夫婦合わせて月約35万円あり、悠々自適な老後をすごしていました。

そんなA夫妻には51歳になるひとり息子のCさんがいます。Cさんは、東京の有名私大に進学したものの、時代は運悪く就職氷河期。就職活動は上手くいかず、非正規社員として都内で働いていました。しかし、薄給激務のなかで心が折れ、数年後には仕事を辞めて地元へ帰ることに。

帰省した当初、Cさんは実家近くの工場で働いていました。しかし、職場になじめず数ヵ月で退職。その後も、新たな仕事に就いては辞めを繰り返し、どの職場も長続きしません。無職の期間はどんどんと延びていき、最近では実家で親の介護をしながら、80代の両親に養ってもらっています。

A夫婦は、自立できないCさんを心配しつつも、一緒に暮らしてくれることが嬉しくて、厳しく接することができなかったそうです。そのような状況が続くなか、Cさんは次第に「自分が頑張って働かなくてもいずれこの家と親の貯金は自分のものになる」と考えるようになってしまいました。

税務署からの電話…心あたりのないBさんだが

そんなある朝、普段は早起きのAさんがいつまで経ってもリビングに顔を出しません。心配したBさんが寝室に行くと、Aさんはすでに亡くなっていました。心筋梗塞だったといいます。

悲しみに暮れるなか、なんとか葬儀を済ませたBさんとCさん。Aさんの親きょうだいはすでに全員亡くなっていたことから、話し合いの結果、自宅は妻のBさんが、預金はCさんがそれぞれ相続することでまとまりました。

Aさんが亡くなって2年ほど経ったある日のこと、Bさんのもとに税務署から連絡がありました。聞くと、Aさんの相続税調査を行いたいとのこと。

心あたりのなかったBさんは不思議に思いましたが、ごねる理由も特段なく、素直に応じることにしたそうです。

そして調査当日。自宅には2名の調査官がやってきました。慣れない事態に警戒していたBさんでしたが、なごやかな雑談がはじまり拍子抜けです。しかし、安心したのもつかの間、Bさんは調査官から衝撃の事実を告げられたのでした。

相続税調査官から告げられた「まさかの事実」

調査官「ところで、Cさん名義の2,750万円の預金。こちらはどのように貯められたのですか?」

Bさん「あぁそれは、Cが地元に帰ってきたタイミングで、Cの名義で口座をつくったんですよ。私たち夫婦になにかがあったときのために、Cへのお小遣いとして毎年110万円を入金していたんです」

調査官「Cさんはこの贈与を受けていることを知っていましたか?」

Bさん「いえいえ、Cが余計な贅沢をしないように、私たちが元気なうちはCに内緒にしておこうと夫と約束していたので、通帳と印鑑は私が持っています」

調査官「そうですか……であれば、この預金もAさんの相続財産になるので、相続税の申告が必要ですね」

Bさん「えっ……いやいや、そんなはずないわ。だって年110万円までは非課税のはずでしょう? それくらい、私でも知っていますよ」

調査官「残念ですが、今回のケースでは当てはまりませんね。Cさんに贈与を受けた認識がなく、さらに通帳の管理もBさんが行っているのであれば『贈与の実態がない』ため、この口座は名義預金となります。よって、相続税の申告が必要です」

Bさん「そんな……ちょっと待ってください。Cはいま無職なんですよ!? なんとかなりませんか?」

Bさんの懇願も虚しく、Cさん名義の預金2,750万円に対して、相続税のほか、加算税や延滞税などあわせて1,000万円ほどの追徴税を課されてしまったのでした。

非課税枠内の贈与のつもりが「名義預金」扱いに

このように、親が「わが子のために」と子の名義で口座をつくり、その口座に積み立てていた結果、相続時に問題になるというケースは少なくありません。

口座の名義人とお金を積み立てている人が異なる預金を「名義預金」といいます。いくら子のためとはいえ、客観的な贈与の事実がない限り、名義預金として「贈与者の相続財産」とされてしまいます。

では、今回なぜBさんが相続税調査の対象となってしまったのでしょうか。

Bさんが税務署から“狙われた”ワケ

相続税調査が行われる場合、税務署は、金融機関に対して預貯金の口座残高や取引履歴を問い合わせることができます。その調査範囲は最大で過去10年分におよび、税務署は調査対象の被相続人と相続人家族の口座の動きをくまなくチェックします。

今回、相続税の申告をきっかけにBさん家族の預貯金を調査したのでしょう。すると、Cさん名義で2,750万円もの預貯金を発見。この口座の動きを調べてみると、すべて被相続人であるAさんの預金口座からの振り込み……相続税調査では、現預金の漏れがないかを調べるため名義預金を重点的に調べます。このため、Bさんは税務調査の対象として選ばれてしまったのでしょう。

税務署から「名義預金」と指摘されないために

では、名義預金と指摘を受けないようにするにはどのような方法を取っておけばよかったのでしょうか。名義預金とされないためには、贈与を受けたという事実が必要です。よって、次のような方法が考えられます。

1.贈与契約書を作成する

名義預金と指摘されないためには「贈与の事実」が必要となります。贈与契約は口頭でも成立しますが、後日の税務調査にそなえるためにも、贈与の都度、贈与契約書を作成しておくとよいでしょう。

贈与契約書では、誰から誰に、いつ、なにを贈与したのか明確にしておき、署名・捺印をしておきましょう。インターネットで検索すれば書式をダウンロードできるため、自分でも作成可能です。

2.銀行振り込みで証拠を残す

総夜をするときは、現金の手渡しでなく、銀行振り込みにしましょう。上記贈与契約書とあわせて、誰から誰に、いつ、いくらを贈与したかの証拠となります。

3.贈与された人が通帳や印鑑を管理する

贈与をしたということは、贈与を受けた人がその財産を自由に使える状況でなければなりません。今回のように、贈与した人が通帳と印鑑を管理すると、名義預金と判断される原因となります。

どうしても子に内緒でお金を渡したいという場合は、預金の贈与ではなく、保険金等ほかの方法を検討すると良いかもしれません。

名義預金は相続税調査の“重点項目”…贈与は慎重に

今回の事例のように、贈与を行っていたつもりが、税務調査でその贈与が否認され、名義預金として課税されるケ-スが増えています。これは、名義預金が相続税調査の“重点項目”とされているからだと考えられます。

現預金の相続税申告漏れの場合、重いペナルティを課されることも少なくありません。贈与の際は、場合によっては専門家の確認を仰ぐなど、慎重に行いましょう。

また、相続が発生した場合には、家族名義の預金についてよく確認しておくことをおすすめします。

宮路 幸人

多賀谷会計事務所

税理士/CFP

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