70代・職歴なしの独身二男、病に倒れ要介護に…親を看取ってもまだ続く「きょうだいの介護」の大問題

(※写真はイメージです/PIXTA)

ある高齢女性は、独身のきょうだいが病気で倒れ、要介護になったことで、今後の対応に悩んでいました。倒れたきょうだいは体が弱くほとんど働いたことがありません。90代まで生きた両親が遺産を残していましたが、今後の介護費用にするには心もとなく…。どのような解決方法があるのでしょうか。相続実務士である曽根惠子氏(株式会社夢相続代表取締役)が、事例をもとに解説します。

実家を相続した独身の末っ子が、脳梗塞に…

今回の相談者は、70代の田中さんです。実家暮らしの独身のきょうだいが倒れ、介護が必要になったため、相談に乗ってほしいと筆者のもとを訪れました。

田中さんは3人きょうだいのいちばん上の長女で、同じく70代の弟が2人います。今回倒れたのは3番目の二男だということでした。

二男は体が弱く、高校を卒業したあとはほとんど働くことなく、独身のまま、実家で両親に面倒を見てもらっていました。田中さんと長男は、いずれも20代で結婚して実家を離れています。いまは子どもたちも独立し、夫婦で自宅に暮らしています。

「下の弟は体が弱く、高校はなんとか卒業したものの、ほとんど働くことができず、ずっと両親のそばにいました。7年前には90代の両親を看取りましたが、父の遺言で、下の弟の生活を守るために全財産を相続させたのです」

田中さんの実家は神奈川県郊外の一軒家です。いまは自分の年金と、両親が遺した預貯金で暮らしています。

「ところが、脳梗塞になってしまって…」

下の弟はいまも入院中とのことですが、病状を見る限り、退院しても自立した生活はできなくなる可能性が高いということでした。

今後の1人暮らしは困難…介護費用の捻出はどうする?

田中さんはこれまでも、弟が体を壊すたび、都度サポートしてきました。

「下の弟は独身ですから、いずれ実家の不動産の問題が出てくるとは思っていたのですが、もう少し先のことだと思っていました…」

幸い、下の弟は会話ができ、意思確認は可能です。田中さんと上の弟は主治医とも話しまいたが、今後、自宅での1人暮らしはムリだとのことで、実家に戻る選択肢はありません。まずは、リハビリができる病院へ移り、その後は介護が受けられる特別養護老人ホームなどへ移ることになりそうです。

「上の弟と相談したのですが、実家を売却して、下の弟のホームの費用に充てたいと思っています。一体どうしたらいいのでしょうか?」

田中さんの実家は、築50年で、建物としての価値はありません。

今回の相談の場合、売却は下記の流れとなります。

1.登記簿、公図、固定資産税納付書など書類確認

2.現地調査、役所調査

3.確定測量開始…3ヵ月程度

4.価格査定 近隣事例など確認

5.媒介委託、売却活動…3ヵ月程度

6.購入申し込み

7.売渡承諾

8.売買契約締結、手付金受取、仲介手数料半金支払い

9.家財の処分、解体見積もり取得

10.建物解体工事

11.確定測量の完了

12.売買契約決済、残金受け取り、仲介手数料残金支払い

スムーズな自宅売却に「測量」が不可欠といえるワケ

売却の際、土地に関して、隣地との境界確定を行います。必須ではありませんが、近隣との万一の境界トラブルを想定した場合、売却の際にはやっておいたほうが安心なのです。

田中さんにもそのように説明し、測量をスタートしました。なお、測量図には、下記のような種類がありますが、売却の場合は、確定測量図を作成し、隣地の所有者にも立ち会ってもらい、境界についての確認をしたうえで、確認書に署名を頂いて添付します。

測量図の種類

・現況測量 現状をおおまかに測量したもの

・地積測量 法務局に登録されている測量図

・確定測量 隣接地所有者の境界立ち合いが必須となる測量図

「自宅を囲っている塀が、隣地に越境している!」

田中さんの実家は角地ではなく、両側と奥に家が隣接しています。それぞれのお宅との境には万年塀が設置されているのですが、確認したところ、境界杭の中に建てられていました。どうやら父親が家を建てた際に設置したもののようです。

田中さんの実家の敷地内ではありますが、測量士が確認したところ、老朽化のため外側に傾いており、それぞれ隣接する隣地側に越境していることが判明。売却の際には、越境も解消しておく必要があります。

万年塀を解体すれば解決ですが、費用負担の問題があります。その場合、隣地所有者との間に「越境物の覚書」を作成し、塀を作り直す際には越境を解消するという内容で合意を得ておくようにします。

所有者である田中さんの弟と隣接する3軒の方の全員から合意を得られたため、署名、押印をしてもらい、覚書も作成できました。売却の際にはこの書類により、新しい所有者に内容が引き継がれます。

所有者が立ち会えない場合の売却をどうする?

不動産の売却の仕方は、不動産会社と媒介契約をし、流通機構に情報を登録して市場に出す形が一般的ですが、一般の方へ売却するよりも、一旦は不動産会社に売却する形もあります。

不動産会社に売却する場合は、建物を解体しなくて現況渡しできるなどのメリットがあり、手間がかからず、不安要素が減らせます。

今回の田中さんの弟のように、現地に足を運ぶのがむずかしく、所有者が契約などに立ち会えない場合は、一般的な売却のやりかたではなく、オークション形式にするとスムーズです。これも提案のうえ合意を得ることができました。

価格下落が懸念されるエリア…売却をためらわないで

田中さんの実家は最寄駅より徒歩20分以上と、車移動が必要なエリアです。路線価が上がっている都市圏と異なり、むしろ年々路線価が下がっている地域です。この先、ますます価格が下落する懸念もあることから、空家で維持するメリットはありません。

田中さんのきょうだい全員、その点を理解されており、購入希望の不動産会社が提示した金額に納得し、売渡承諾書にサインする運びとなりました。

この会社は購入後に建物を解体するとのことで、解体費の負担もなくなりました。

恐ろしい…空家のまま保有し続ける、とんでもないリスク

田中さんの弟さんはまだ70代です。これからの特別養護老人ホームの生活が長く続くと思われます。

年金と預貯金でホームの費用はぎりぎり賄えそうですが、それでも入院、治療などの想定外の出費があるかもしれません。

「空き家の固定資産税の支払いだけではありません。植木の越境や落ち葉の問題、台風でもし瓦が飛んだら…など、心配事が多すぎて、あまりにもストレスが大きくて…」

田中さんはそういうと、ため息をつかれました。

下の弟さんの意思確認は、弊社が提携する司法書士がホームに出向いて行い、契約などの事務的なことは委任情を作成し、田中さんが行い、問題なく実家の売却が完了しました。田中さんも、弟さんたちも、お金の心配がなくなったことを喜ばれました。

脳梗塞の症状の悪化や、認知症の発症により、意思確認が取れなくなれば、家の売却ができなくなる事態も考えられました。今回、早い決断が奏功したよい例だと思います。

近年では、高齢化が進展するとともに、独身の方も増えています。親の介護問題ばかりでなく、田中さんのように、きょうだいの介護問題に直面するケースも出てくるでしょう。もしこのような問題が起こったら、先延ばしすることなく、選択肢が多いうちに対処をすることが重要だといえます。

※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。

曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士

◆相続対策専門士とは?◆

公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。

「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。

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