ダイアナ・クラール来日公演初日レポ:「ジャズ・ヴォーカル&ピアノの女王」が5年ぶりの来日中。あまりにも贅沢な音楽世界

(c)Masanori Doi

2024年5月8日、ダイアナ・クラールの5年ぶりとなる来日公演の初日となる東京公演がTOKYO DOME CITY HALLにて行われた。

<YouTube:【DIANA KRALL/ダイアナ・クラール】“ジャズ・ヴォーカル&ピアノの女王”、5年ぶり来日!東京2公演SOLD OUT!!

彼女の歌やピアノをきっかけに、ジャズの美しさ、奥深さ、親しみやすさに魅せられたファンは増え続けるばかりといっていい。母国カナダの音楽界で最高の栄誉にあたるジュノー賞や、米国のグラミー賞の常連アーティストにして、これまで8作品をジャズ・チャートNo.1に送り込んできたダイアナ・クラールが「DIANA KRALL Japan Tour 2024」を開催中だ。

5年ぶりとなるこの来日ツアーは5月8日の東京・TOKYO DOME CITY HALLで幕を開け、16日の広島・アステールプラザ公演まで開催予定。多くのオーディエンスが各会場で彼女のステージを待ちこがれている。2020年にリリースされた『ディス・ドリーム・オブ・ユー』以来のニュー・アルバムが望まれるところ、“いま現在のダイアナの音楽世界”を直に体験できる心憎いタイミングでの公演でもあるはずだ。前回の来日ではアンソニー・ウィルソン(ギター)、ロバート・ハースト(アコースティック・ベース)、カリーム・リギンス(ドラムス)と共にステージに登場したダイアナだが、今回はメンバーを一新。

アコースティック・ベースとエレクトリック・ベースを兼ねるトニー・ガルニエと、ドラマーのマット・チェンバレンを引き連れてのステージとなった。トニーは1980年代後半からボブ・ディランのバンドに在籍を続けるとともに、トム・ウェイツ、カーリー・サイモン、ルシンダ・ウィリアムス等と名演を残してきた奏者。ダイアナのアルバムでは『ターン・アップ・ザ・クワイエット』(17年)や『ディス・ドリーム・オブ・ユー』(20年)に参加している。ディラン関連の公演で彼のライヴに接したファンも多々いらっしゃるに違いない。いっぽう、マットが我が国にやってくるのは約20年ぶりであるらしい。彼はブルース・スプリングスティーン、レナード・コーエン、デヴィッド・ボウイ、ブラッド・メルドーなどのアルバムに参加する売れっ子セッションマンで、パール・ジャムやサウンドガーデンといったグランジ系ロック・バンドでも演奏、デイヴィッド・ガリバルティ(タワー・オブ・パワー)、グレッグ・ヴィソネット、チャック・フローレス等に師事した。ちなみにチャックは指導者に転じる前、1950年代の西海岸ジャズ・シーンで大活躍していた人物。

名門ウディ・ハーマン・オーケストラのドラマーとして十数名のメンバーを煽りたてると共に、バド・シャンクやクロード・ウィリアムソンのグループでは繊細そのもののプレイを聴かせていた。つまりビッグバンドも小編成もお手のものの凄腕に、マットは手ほどきを受けたのである。ダイアナ、トニー、マットが一緒にオーディエンスの前で音を出すのは、今回のツアーが初めてであるという。私は過去、いろんなフォーマットでダイアナのライヴを聴いてきたが、ドラムレス編成の時があってもギターが入っていななかったことはなかったと記憶する。それだけでも自分には、圧倒的に新鮮だ。しかも5月8日、初日である。「いったいどんな響きで魅了してくれるのだろう?」とわくわくしているうちに客席が暗くなり、トニー、マットが登場して位置につき、少し遅れてダイアナが現れる。

1曲目は前述のアルバム『ディス・ドリーム・オブ・ユー』に入っていた「オールモスト・ライク・ビーイング・イン・ラヴ」。アルバム・ヴァージョンはピアノとギターが奏でる粋なイントロから始まっていたが、この日のトリートメントはもちろん異なる。おもむろにダイアナが歌い出し、そこにトニーが堅実なベース・ラインを重ね合わせる。ダイアナは客席としっかり目を合わせながらワン・コーラスを綴り、そこからピアノの鍵盤へと指を走らせていく。マットの優し気なドラムの音色が合流する頃には、広がりのあるTOKYO DOME CITY HALLも、親密感あふれる空間へと早変わりだ。

バンドスタンドの中央にいる3人は非常に近い距離に集まってプレイを続け、シンプルで落ち着いた色彩を持つライティングや、ナチュラルな音質を重視すべく抑制を利かせたPAも、達人たちによる音の会話をさりげなく際立たせる。“ピアノの弾き語り”というと、歌っているときは常にピアノでコード(和音)を弾き、間奏でも打鍵を続け、要するに“歌っていないときでもピアノを鳴らしている”状態を想像する方も少なくないのではと思うが、ダイアナはそうした手法をほぼ、とらない。歌う時は、そこに合いの手を入れるようにフレーズを挟むか、弾かないことも多い。そして間奏部分では軽やかにして雄弁、そして限りなくメロディアスなピアノ・プレイをしっかりと届ける。カウント・ベイシー・オーケストラの演奏に敬意を表してとりあげたという「オール・オブ・ミー」は、ダイアナがいかに音数を厳選のうえスウィングできる達人であるかを遺憾なく示していた。間の取り方が抜群であるところは、歌いっぷりでもまったく同じだ。

「アイヴ・ガット・ユー・アンダー・マイ・スキン」では“I’ve”と歌うところと、ちょっとタメを利かせて“I have”と歌うところを使いわけると共に、声を張るところと力を抜くところを織り交ぜながら、抜群のストーリーテラーぶりを発揮する。自分の皮膚の下(つまり体内)に存在が入り込んでしまうほど「あなた」に恋慕している自分と、「うまくいくわけないよ、現実に目覚めなよ」と語りかけるもうひとりの自分。この瞬間、ダイアナは確かに歌の主人公なのだ。

中盤に挿入されたダイアナのソロ・コーナーも、ライヴならではの贅沢なひとときといえよう。曲を構成するのは、彼女の声とピアノのみ。自らオーディエンスに「どんな曲が聴きたい?」と問いかけるシーンもあり、結果、ダイアナが名唱を残してきた様々な楽曲のタイトルがコールされた。こうしたやりとりがまた、客席とステージの間にくつろいだ雰囲気を運ぶ。

「ス・ワンダフル」と「ザ・ルック・オブ・ラヴ」は、クラウス・オガーマンを編曲指揮に迎えた2001年発表の大編成作品『ザ・ルック・オブ・ラヴ』からのセレクションだったが、前者はサラリとワン・コーラスだけ歌い、後者はメロディを大きく崩して、いささかブルース調のアレンジで楽しませた。ふたたびダイアナ、トニー、マットが揃って、コンサートはさらなるクライマックスへと向かう。

前半での3人はジャズのスタンダード・ナンバーを軸にしつつ、2004年のアルバム『ザ・ガールズ・イン・ジ・アザ―・ルーム』からダイアナと夫君のエルヴィス・コステロが合作したタイトル曲なども織り交ぜてプレイしていたが、ここからはさらに選曲の幅が広がり、トム・ウェイツの「ジョッキー・フル・オブ・バーボン」、「テイク・イット・ウィズ・ミー」、バッファロー・スプリングフィールド(ニール・ヤング)の「ミスター・ソウル」などが快調に綴られていく。故郷(カナダ・ブリティッシュコロンビア州のナナイモ市)にある湾にちなんだ「デパーチャー・ベイ」は、先に触れた『ザ・ガールズ・イン・ジ・アザ―・ルーム』にも入っていたコステロとの共作。哀調を帯びたどこかフォーク調のメロディ、語りかけるような歌声が、シンと静まった会場に響きわたる。

本編ラストでは、ジミー・リード(ローリング・ストーンズにも影響を与えた伝説的ブルースマン)が1961年にヒットさせた「ブライト・ライツ、ビッグ・シティ」が披露された。ここで3人は一度ステージを離れたが、当然ながらアンコールを求める拍手は高まるばかり。次は何を演唱するのだろう? そして幾人かの音楽マニアは思ったに違いない。「トニーとマットは一時期、ボブ・ディランの通称ネヴァー・エンディング・ツアーで共演していたことがあるはずだ。ということは・・・」。果たして始まったのはディランの楽曲、しかも1965年発表の古典的アルバム『追憶のハイウェイ61』からの「クイーン・ジェーン」。オルガン、ピアノ、ギターが飛び交っていたオリジナル・ヴァージョンとは一味も二味も異なる、ダイアナ、トニー、マットによるシックな解釈に魅了された。さらに本当の締めくくりに、再び数々のジャズ・ミュージシャンがとりあげてきたナンバーに戻って、「レッツ・フェイス・ミュージック・アンド・ダンス」。

ダイアナはアーヴィング・バーリンが1936年に書いた古典的なメロディを自由自在に解釈し、トニーは“ウォーキング・ベース奏法”で巧者ぶりを発揮、マットは師匠のチャック・フローレス譲りの力強いキック(バスドラ)でアンサンブルを盛り上げた。「主役の歌やピアノに的を絞っても、いうまでもなく満足感に浸れるが、共演者のプレイやキャリアを知ってからライヴに接すると、いっそう見どころや聴きどころが増える」・・・・これもダイアナ・クラールのライヴの、本当に喜ばしい特色である。この原稿が皆様に届く頃には、ツアーも折り返し地点に突入していることだろう。とにかくダイアナは数多くのレパートリーを持っている。旬を維持する彼女と、トニー、マットの3人が今後のコンサートで、どんな古今東西の名曲を、現在進行形のものとして届けてくれるのか。すべての公演が、各オーディエンスの心に深く刻まれることになるはずだ。

2024年5月 原田和典

(c)Masanori Doi

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DIANA KRALL Japan Tour 2024
TOKYO DOME CITY HALL
2024年5月8日(水) 19:00開演

演奏曲:
1. ALMOST LIKE BEING IN LOVE
2. ALL OR NOTHING AT ALL
3. ALL OF ME
4. I’VE GOT YOU UNDER MY SKIN
5. THE GIRL IN THE OTHER ROOM
6. LIKE SOMEONE IN LOVE
7. JUST YOU, JUST ME
8. LET’S FALL IN LOVE
9. A CASE OF YOU
10. S’WONDERFUL
11. THE LOOK OF LOVE
12. L-O-V-E
13. EAST OF THE SUN
14. JOCKEY FULL OF BOURBON
15. TAKE IT WITH ME
16. MR. SOUL
17. DEPARTURE BAY
18. DAY IN DAY OUT
19. BRIGHT LIGHTS BIG CITY
Encores
20.QUEEN JANE APPROXIMATELY
21.LET’S FACE THE MUSIC AND DANCE

メンバー:
ダイアナ・クラール(vocal, piano)
トニー・ガルニエ(bass)
マット・チェンバレン(drums)

<公演情報>
Diana Krall Japan Tour 2024

【東京】5/08(水)TOKYO DOME CITY HALL
【東京】5/09(木)昭和女子大学人見記念講堂
【東京】5/10(金)昭和女子大学人見記念講堂 ※追加
【大阪】5/13(月)フェスティバルホール
【名古屋】5/14(火)Niterra日本特殊陶業市民会館ビレッジホール
【広島】5/16(木)アステールプラザ

▼詳細はこちら
https://udo.jp/concert/DianaKrall24

<来日記念商品>

2024年4月24日(水) 発売
各¥1,980(tax in)

▼プライスダウン再発
『ラヴ・イズ・ヒア・トゥ・ステイ』トニー・ベネット / ダイアナ・クラール(2018)UCCV-9704
『ディス・ドリーム・オブ・ユー』(2020)UCCV-9705

▼アンコールプレス
『フロム・ディス・モーメント・オン』(2006)UCCV-9585 
『クワイエット・ナイツ』(2009)UCCV-9587 
『グラッド・ラグ・ドール』(2012)UCCV-9588 
『ウォールフラワー』(2014)UCCV-9678 
『ターン・アップ・ザ・クワイエット』(2017)UCCV-9679

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