失語症からの回復を目指す医師はどんなリハビリに取り組んだのか【正解のリハビリ、最善の介護】

ねりま健育会病院院長の酒向正春氏(C)日刊ゲンダイ

【正解のリハビリ、最善の介護】#28

脳梗塞による失語症の障害が残ってしまった50代の男性医師Cさんが取り組んだリハビリと、本人が感じたことについて、さらに詳しくお話しします。

発症から3日目、SCU(脳卒中集中治療室)での生活も3日目となり、やっとリハビリ治療がスタートしました。まずは言語療法です。

Cさんは聞くことによる単語の意味の理解のテストは満点でしたが、読むことは簡単ではなく、単語を読むことができるだけの状態でした。「犬」は理解できるのですが、「いぬ」と「イヌ」というひらがなとカタカナでは理解できませんでした。このことから、漢字はイメージとして理解しているようだと感じました。

発症から4日目、SCUから一般病棟へ転室となりました。理学療法も始まり、麻痺がないためバイク漕ぎなどを行いました。言語療法では「計算」に挑みましたが、1の次が2なのかがわかりません。このため、「1+2=3」が理解できませんでした。掛け算の九九はできるのですが、計算の繰り上がり、繰り下がりができません。これらから、言葉が話せないだけでなく、高次脳機能障害もあることに気づきました。

発症から5日目、歌の練習を開始しました。Cさんが好きなザ・ブルーハーツの「TRAIN-TRAIN」や、ドリームズ・カム・トゥルーの「何度でも」を歌いました。しかし、メロディーと言葉がなかなか一致しません。また、常に五十音表を頭に浮かべながら発語練習を繰り返しました。

さらに、奥さんに「100マス計算ドリル」を買ってきてもらい、自主訓練を開始しました。縦横に10個ずつ、マスのある左列と上列にそれぞれ0~9の数字が1つずつ書かれていて、それが交差するマスで足し算、引き算、掛け算、割り算をする計算トレーニング法です。やはり掛け算はできるのですが、引き算ができません。最初の足し算は70%を正解できました。

発症から6日目、作業療法もスタートしました。歌の練習では、メロディーに合わせて少し歌えるようになってきました。ほかに五十音表を思い浮かべながら、7000歩の病棟歩行も行いました。理学療法ではバイク漕ぎのリハビリを行いましたが、Cさんは疲労感がなく自分には負荷が少ないと感じました。

言語要素を並べて正しい文を作成する「失語症構文検査」では、語の意味と語順は正しいのですが、助詞がうまく使えません。また、「トークンテスト」も行いました。形、色、大きさが異なる札を使って、言語による教示に従って札を動かすことができるかを評価します。Cさんは教示1回のテストでは覚えられないケースもありました。

ここで、言語聴覚士の先生から100マス計算の“宿題”が出されました。すでにCさんは自主訓練で取り組んでいますが、引き算が苦手なので繰り返し練習します。その際、100マス計算のページの裏面にも書いて必死で覚えました。注意機能や記憶機能は保たれていたため自分で自主訓練の計画が立てられました。この計画が立てられ、実行できたことが回復への近道でした。

■一般的なバイク漕ぎでは負荷が少ないと感じた

発症から8日目、簡単な歌が、普通に歌えるようになりました。五十音表を頭に浮かべながら行う病棟歩行は1万2000歩まで伸びました。Cさんは、ウオーキングによって脳に酸素が供給され脳循環が良くなる気がしました。

理学療法のバイク漕ぎでは、疲労を感じるまで漕ぐと心拍数は140でした。普段の訓練負荷は心拍数が100~120なので疲れを感じませんでした。一般的にリハビリ訓練中の心拍数の目安は「220-年齢」の60~70%です。Cさんの場合は100~120くらいが目安なので担当の理学療法士の設定は適切です。ただ、Cさんは発症前にかなり体を鍛えていたため心拍数140が快適で、脳循環が良くなると感じたのです。これは、Cさんが医師だから自己責任で行えたことだといえます。心拍数を上げて脳循環を改善させることで、脳の回復を早めようとするCさんの取り組みは素晴らしい効果を上げました。

言語療法では助詞を使って構文に取り組み始めました。発語では機能語の誤使用があり、文法が複雑になると誤字が増えます。100マス計算では正解率が90~100%になりました。

次回、Cさんが自宅退院して復職に至るまでをお話しします。

(酒向正春/ねりま健育会病院院長)

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