お前、女だったのか!『虎に翼』寅子のモデル・三淵嘉子、〈乃木坂をスキーで爆走〉し警察沙汰に…母ノブをヒヤヒヤさせっぱなしだったお転婆ぶり

(※写真はイメージです/PIXTA)

4月から放送が開始された連続テレビ小説「虎に翼」。その主人公のモデルとなった「三淵嘉子」は、女学校時代も型破りな性格だったと言います。本記事では、青山誠氏による著書『三淵嘉子 日本法曹界に女性活躍の道を拓いた「トラママ」』(KADOKAWA)から一部抜粋し、おてんば娘・三淵嘉子を育てた両親と、当時の日本社会についてご紹介します。

超エリート…嘉子の父・貞雄と、当時の日本

昭和9年(1934)の『東京紳士録』に貞雄の名前がみつかる。その肩書きは石原産業海運顧問。また、昭和13年(1938)の『日本紳士録』は日本防災工業株式会社社長、さらに昭和火工株式会社専務を兼任となっている。台湾銀行を辞めて幾度かの転職を経験していたが、そのたびにいい役職について待遇が良くなってゆく。

嘉子が女学校に入学した昭和2年(1927)には、台湾銀行をメインバンクにしていた総合商社の商店が第一次世界大戦後の不景気によって倒産してしまう。

これによって大量の不良債権をかかえた台湾銀行も休業に追い込まれ、それが同年に発生した金融恐慌の一因になった。銀行が潰つぶれるのではないかと、不安にかられた人々が窓口に殺到する取り付け騒ぎが起きて街は騒然となっていた。

台湾銀行のほうは、後に資本を整理して業務を再開することができた。が、その前にさっさと見切りをつけて転職した者も多い。貞雄は東京帝国大学卒の超エリート、また、海外勤務が長く英語にだった。不景気の時代とはいえ、有能な人材は引く手あまた。好条件でヘッドハンティングされる。

笄町の屋敷は借家だったが、「ここの家賃の半年分で、立派な持ち家が建つ」知人たちはそう言ってしたという。それだけの家賃を払える余裕が彼にはあったようである。

嘉子は女学校の友人たちをよく自宅に招いたという。家は広いし、すぐ近くに市電の停車場があって交通の便も良い。放課後のり場には最適の条件だった。

女学校のある大塚方面からは、で7系統の市電に乗り換える。車窓に陸軍第三連隊の駐屯地や青山墓地を眺めながら友人たちとおしゃべりしていれば、すぐに笄町の停車場に着く。沿線には学校が多く、放課後の時間帯には制服姿の女学生たちで車内も混雑していたことだろう。

関東大震災後は洋服を着用する人が急速に増えて、洋装の制服を制定する女学校も急増するようになる。昭和時代に入ると東京府下では、ほとんどの女学校が制服を採用するようになり、女学生のスタイルも明治時代の和服姿の袴はかまにブーツから、セーラー服に様変わりしていた。

騒がしい車内でも嘉子のはつらつとした声はよく聞こえ、彼女たちのグループは目立つ。その制服も他校の女学生たちからは注目された。

東京女子高等師範学校附属高等女学校はジャンパースカートなど複数の標準服を制定している。そこから個々の好みにあわせて服を選ぶことができたという。他の女学校に比べると選択の幅が広く、生徒の個性を尊重していたようだ。

現代の高等学校でも、偏差値の高い学校になるほど校則はゆるく、私服登校を認めるなど生徒たちの自由を尊重する傾向にある。些細なことをいちいち言わずとも解っているはずだ、と。生徒たちの良識を信じているのだろうか。昔もまたそうだったのだろうか?

この頃になると高等女学校の進学率は15パーセントにもなり、都市部ではさらに高く20パーセントを超えていたといわれる。明治期と比べると“女学生”の希少価値は低下していた。しかし、嘉子が通う附属高女は別格。日本に数ある女学校のなかでも最難関、才色兼備の娘たちが通う学校として羨望される。

おてんば娘を心配し、つい説教…嘉子の母・ノブの人柄

友人たちを連れて家に帰ってくると、ノブは笑顔で茶の間に迎え入れる。「お腹いているでしょう?」 そう言って、すき焼きなど豪華な食事をふるまうこともよくあったという。良妻賢母を絵に描いたような人物。優しく子どもたちに接するが、しつけには少し厳しい。と、これが同級生たちの見た当時のノブの印象だった。

また、これについては嘉子の一人息子である芳武も、「祖母は行儀についてはうるさい人だった」このように証言している。

ふだんはとても優しい母なのが、たまに𠮟られた時には怖く厳しかったという。自分の義母を反面教師に、ノブは嘉子への干渉を抑えていたのだが、娘の言動が目に余ることもしばしば……。つい、きつい説教をしてしまったのだろう。

ノブが心配するような、嘉子のお転婆ぶりを物語るエピソードは数知れず。そのひとつにこんな話がある。

とある日のこと、東京の街に珍しく雪が積もった。お使いを頼まれた嘉子はをスキーで滑走しながら商店に向かったという。偶然にでくわした警察官がそれを見て驚き、「やめろ! 聞こえんのか、止まれ!」と、静止しようと大声で叫ぶ。かなりスピードが出て危ない状態だったようである。

坂の下で止まったところで警官がやっと追いつく。捕まえて説教してやろうと、雨ガッパの帽子をんでその顔を見れば、「え! お前、女だったのか!」警官はさらに驚いた。まさか女性が、こんな危ないことをするとは思っていなかったようである。

説教されてその場は許されたというのだが、こんな感じだからノブも気が気ではない。結婚前の娘が傷物にでもなったら大変だ。嘉子を無事に嫁に出すことが、自分に課せられた使命のように思っていたのだから。

それでも、この頃のノブにはまだ余裕があった。時々、手綱を締める程度にして、学生時代はのびのびと楽しく過ごさせてやろう。そう思っていた。

最難関の女学校に入学して「一流の花嫁切符」を手にしているのだから、これには少々のお転婆や気の強い性格を包み隠すだけの効力がある。無事に卒業さえすることができれば、良縁が次々に舞い込んでくるはずだ、と。そんな母の思惑が、ガラガラと崩壊する事態が間もなく起こる。

青山 誠

作家

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