「家はいらない」と話す長男を実家の受託者に…。財産総額2億2,000万円、90歳両親の財産を子供4人で“円満に”相続できたワケ

(※写真はイメージです/PIXTA)

「うちの両親はまだ元気だから大丈夫」そう考え、相続について具体的に何も決めていないというご家庭は多いのではないでしょうか。しかし、病や体調不良、生活環境の変化は、時として突然やってきます。本稿は、一般社団法人相続FP協会、相続FPの学校・代表理事の山本祐一氏が、司法書士の岡本先生(仮名)にインタビューをした際に話された、石橋家(仮名)の事例をもとに解説します。

事務所を訪れた二人の男性

ある日の午後、二人の男性が私の事務所を訪れました。

お一人は杖を使い、お年を召されながらもスラっとした体型で、素敵なハットを被っている男性。もう一人は、そんな彼を背中で支えながら、同じくスラっとした体型をした男性でした。二人とも体型が似ているだけではなく、鼻筋が通った端正な顔立ちをしており、一目見てすぐに親子だとわかりました。

「本日は、家族信託についてお聞きになりたいとのことですが、今回、家族信託を検討することになった経緯をお聞かせいただけますか?」

「はい、父に変わって私が説明させていただきます」

男性は、自分はハットを被った男性の次男(仮名:拓也さん)であり、両親の近くに住み、日頃はお父様とお母様が行っている賃貸経営の手伝いをしていると話しました。

「今、両親は賃貸経営をしていますが、二人とも、もうすぐ90になろうとしています。父の体調や状況だけでなく、我が家には障がいのある妹もいます。そこで成年後見制度も含めて様々な制度を調べてみましたが、これをやるとこっちがうまくいかないなど難しい部分があって…」

拓也さんの話す表情を見ていると、これまでいかに悩んでいたのかが伝わってきました。

「そんな中、先日たまたま参加したハウスメーカーでの相続セミナーで、家族信託というものを初めて知りました。聞けば、成年後見制度よりも制約が少なそうなのと、我が家には障がいを持った妹がいるのですが、その妹を守ることもできるとか。話を聞けば聞くほど、我が家にとって家族信託を選択するのが一番いいのでは? と思い始め、本日、父とお伺いさせていただきました」

「ご丁寧にありがとうございます。質問なのですが、収益物件があるとのことでしたが、その物件はどなたのものになっていますか?」(岡本司法書士)

「収益物件のほとんどは、母と父の共有となっています」

拓也さんはそう言い、私に不動産登記等謄本を差し出しました。

「よろしければ、石橋様の家族関係や状況など詳しくお伺いしてもよろしいですか?」(岡本司法書士)

と聞くと、拓也さんはご家族お一人お一人について詳細に話し始めました。

離婚調整中の三男、障がいのある長女…

家族構成は、両親と拓也さんを含め4人兄弟の6人家族。長男は仕事の都合で遠方に住んでおり、自分で所有している家に住んでいるとのこと。

三男は地元で飲食店を経営しているが、現在は妻と離婚調停中で、今後、相手側が承諾すれば離婚は成立するが、なかなか相手が承諾してくれない状況にあること。

そして、一番末っ子の長女には軽度の障がいがあり、仕事はしているが障がいのため対人コミュニケーションが非常に苦手であること。

拓也さんが家族紹介を終えると、隣で黙って話を聞いていたお父様が口を開きました。

「財産総額は約2億2,000万円ほどになります。子供の人数も多いですし、長女は障がいもあるので…私が生きて動ける間に何とかしなければいけないと考えてはいたものの、何をどうしていいのかわからない状況でして…」

お父様の様子から、「なんとかしてほしい」という思いが強く伝わってきました。

「家族信託というのは財産管理の一つの手法で、言葉通り家族に管理を託すということです。実は最近、認知症の方が増加傾向にあることから家族信託は注目されています。親が重度認知症になると、そもそも契約行為全般ができなくなるので、様々なことに支障が出ます。特に不動産オーナーの方ですと、不動産の管理自体ができなくなってしまう可能性もあります。

そうなる前に家族信託を行うことで、認知症になっても口座や資産が凍結されることなく、家族が親の財産管理をできるようになります。

また、石橋様のように、ご家族に障がいを持つお子様がいらっしゃる場合、家族信託を活用することで、将来の財産管理や遺産相続に関する懸念を事前に解消できます。信託を通じて、頼れる他の子供に財産を託すことで、親が亡くなった後も障がいのある子供を金銭面でサポートする仕組みを築くことができます」(岡本司法書士)

以上のことを私が話し終えると、お二人は「これなら今後のことがなんとかなるかもしれない」、そんな希望に満ちた目をされていました。

加えて私は、お二人に家族信託を行う上で大切なことをお伝えしました。

「家族信託は、言葉通り家族で財産等の管理をすることです。なので、家族全員にこのことを共有する必要があります。まずは家族全員がどのような思いや考えを持っているのか、それをしっかりヒアリングすることが大事です。

よろしければ、次回はご家庭の状況も見たいので、本日こちらに来られなかったご家族様とお話をすることは可能でしょうか?」

「はい。家族全員に連絡を取って集まれる日を聞くので、ぜひ我が家にいらしてください」(拓也さん)

「家族信託が適している」と判断した決め手

それから1ヵ月後。私は石橋さんのご自宅へ伺いました。

居間に案内されると、前回の話し合いにいらしたお父様、拓也さん以外に長男、三男、長女、お母様の家族全員が集まっていました。

まずは三男からお話を聞くことになりました。

「私が結婚をする前後に、両親から生前贈与などにより資産の一部をもらったことがあります。現在は今離婚調停中で、早くに終わらせたいのですが、相手側がなかなか合意してくれないという状況です。このまま相手が合意してくれないことになった場合、私が相続に関わるとより大変なことになって家族に迷惑をかけてしまうと思うので、私は両親からの財産は一切いらないという思いです」

次にお母様が、ゆっくりとご自身の思いの丈を話し始めました。

「私はもう90手前なので、体を動かすのが辛いと思うことが増えました。今は次男が賃貸経営を手伝ってくれていますが、不動産の修繕の際など、所有者本人が契約に出ていかなければいけない場面がままありますので、それが身体的にきつくなってきました。あとは、やはり長女の将来が気がかりです」

「俺はもう持ち家に住んでいるから、正直この家はいらない」

最後に長男が、そうキッパリと言いました。家族全員の話を聞いて改めて、石橋家にとっては家族信託が適切ではないかと思いました。

まず、収益不動産に関して、今の状況で契約行為が起きた場合、何かあったときにお父様とお母様が動かなければならず、拓也さんが代行することはできません。

しかし、家族信託を通じてお父様と拓也さん、お母様と拓也さんが拓也さんを受託者(管理者)として指定すれば、必要な際に拓也さんが代理行動を取ることが可能です。これにより、お母様が懸念されていた自らが動かなければならない状況を回避できます。

また、お父様とお母様が一番心配している長女のことを考えても、障害があるため個人では難しい財産管理等を、信頼できる兄弟にお願いできる家族信託が適しているのではないかと思いました。

そこで私は、ご家族皆様に家族信託で話を進めていきたいこと、そしてお父様に、次回までに収益物件は誰に相続するのか決めてほしいこと。今ご両親が住んでいる家を長女に相続した後に、長女ご自身が亡くなった場合はどなたに相続をしたいのかを考えてほしいとお話をしました。

長男は「家はいらない」と言っていたが…

翌2週間後、再び私の事務所にお父様と拓也さんがやってきました。

聞くと、家族会議を重ねるうちに、長男はお会いした際は家はいらないと話していましたが、今の仕事を辞めたら地元に戻ろうと考えていることが判明したとのこと。

「長男が実家に帰ってくることを考えて、実家については長男が受託者となり、長男が生きている間は長男が、長男が亡くなった場合は長男の子供が、父、母、長女のために管理することにしました。そして長女が亡くなった時は、実家は長男の子供のものにすることにしました。

また、岡本先生と先日お話をしてから、収益物件に関しては私が管理者として両親と信託契約をするのがいいのではないかという話になりました」

隣で聞いていたお父様も笑顔を見せてくれました。

そこから私と石橋家の拓也さんを中心に、繰り返し面談をしながら準備を進めていきました。具体的には、実家について長男が受託者になることの信託契約書を作り、物件以外の信託していない預金などの財産に関して、ご両親お二人に遺言書を作成していただきました。

収益物件に関しては拓也さんが受託者として信託契約をすることは決まりましたが、ご両親は当時、収益物件を複数お持ちでいました。

お父様に話を聞くと、「長男と次男の二人が話し合いで決まるなら、二人で分け合う形で決めてほしい」とのことだったので、話し合いで決めることにしました。

結果、収益の大きい物件に関しては次男の拓也さんが取ることにして、財産のバランスを取ることにしました。

また、今後の長女への援助の必要性を考慮して、自宅だけではなく現金も自宅と一緒に信託をすることにしました。こうすることで、より長男が長女の面倒を見やすくなるようにしました。

何かあってからでは遅い

石橋家は、ご家族皆様がまだ体を動かせるうちに家族信託、という選択をされましたが、もしたとえばお母様が寝たきりの状態になり、お父様が亡くなってしまっていたら、大変なことになっていたでしょう。

お母様の体では賃貸経営は現実的にできませんし、お父様と共有になっている収益不動産について誰も触れられなくなるだけでなく、口座に眠る現金も誰も下ろせなくなります。障害のある長女は、事実上一人で生きていかなければならなくなる可能性が高まります。

最近は、年を感じさせない元気な高齢の方も増えてきています。「うちの両親はまだ元気だから大丈夫」そう思っている方も多いかもしれません。しかし、病や体調不良は、時として突然襲いかかってくることがあります。

相続は、思ったときがはじめどきです。必要な方にこの記事が届いたら幸いです。

一般社団法人相続FP協会

相続FPの学校・代表理事

山本 祐一

株式会社サステナブルスタイル・代表取締役

後藤 光

© 株式会社幻冬舎ゴールドオンライン