『燕は戻ってこない』黒木瞳が放った倫理観のない一言 代理出産はただの“買い物”なのか

「どうして代理母に申し込んだの?」という悠子(内田有紀)からの問いにリキ(石橋静河)は迷わず“ビジネス”と答える。子どもが欲しい草桶基(稲垣吾郎)と悠子に対し、お金が欲しいリキ。

大金を払って、子どもを産んでもらうという行為は果たして等価交換と言えるのだろうか。『燕は戻ってこない』(NHK総合)第3話では、その議論が為されるまま、草桶夫婦とリキが契約を交わす。

代理母に支払われる報酬の相場は300万。対して、リキは草桶夫婦に1千万を求めた。それは迷いの表れだったのかもしれないが、1日でも早く子どもを持ちたいと基はあっさりと条件をのむ。契約を交わし、帰りのタクシー代として5万円をリキに渡す基。そのお金でリキが最初に買ったのは、カフェの新作ドリンクだった。

ドリンクを手に自撮りをするリキ。街の至るところで見る光景にもかかわらず、居心地の悪さを感じる。カフェで好きなものを注文し、たまにはデパ地下で美味しそうなお惣菜を買って、安全が保障された家で食べる。悠子が驚くほど、リキはいたって普通の生活を望む、普通の女性だ。

その普通の女性が、お金のために自らの体を差し出さなければならない現実がある。恋人に貢ぐため、エッグドナーに登録するか、AVに出るかという選択を迫られている同僚のテル(伊藤万理華)もそう。代理出産や卵子提供が、すでにその側面を持っている性産業と同じく、福祉の網からこぼれ落ちた貧困女性の“セーフティーネット”となる危険性をはらんでいる。

そうした倫理的観点を、基は持ち合わせていない。自分は依頼主であるという傲慢さから、リキのあらゆる自由を奪おうとする基。「産めなかったら、クーリング・オフできるの?」と何気なく基の母・千味子(黒木瞳)が放った一言に眉をひそめてしまった。対象となっているのは自分と同じく命を持った人間であるにもかかわらず、ナチュラルにその言葉が出てくる倫理観を疑ってしまう。

ただ、もともと子どもを望んでいたのは悠子のほうだった。出会った頃の基にはすでに妻がいたが、それでも構わず愛した悠子。彼女が魅せられたのは、基という人間ではなく、トップバレエダンサーだった彼の肉体美だったのかもしれない。舞台上で羽のごとく軽やかに舞う基の細くてしなやかな筋肉。悠子はその遺伝子を欲した。日本人初の国際的バレリーナであった千味子もまた、自身の遺伝子を繋いでいくことに躍起になっている。そんな中でダンサー生命を絶たれた基が、自分に残された唯一の道として、代理出産で自らの遺伝子を継ぐ子を持つことに希望を見出したのは必然だったのかもしれない。

「人間の数だけ、性も欲望もいろんな形があるのよね」

さまざまな性と欲望が渦巻く中華料理店で、悠子は自分と血の繋がらない基とリキの子どもを育てていく覚悟を決める。バックで流れるのは、朝ドラ『ブギウギ』(NHK総合)で草彅剛が演じた善一のモデルとなった服部良一作曲の「蘇州夜曲」だ。叙情的な美しい恋の歌が心に沁みる中、リキは身体が買われることへの抵抗から、女性向け風俗のセラピストのダイキ(森崎ウィン)と会う。「愛はプロに頼める」と言っていたテル。お金で買った愛はリキにどのような変化をもたらすのだろうか。
(文=苫とり子)

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