地震から4か月半でようやく電気が「これが人間かな」 被災地高齢夫婦のリスタート

能登半島地震の発生から4か月半、被災地では今もインフラの復旧が急務となっています。石川県輪島市の山あいの集落に済む夫婦の自宅では、14日、4か月半ぶりに待望の電気がつきました。

岡山久子さん(1月)「電気ないですね。電気はないけどクーラーついてる。ここ米蔵やから夏、米を冷やすために」

輪島市門前町の浦上地区で能登牛を育てる岡山繁さんと妻の久子さんは、地震の発生以降、倒壊を免れた米蔵で生活しています。能登牛の世話をして生計をたてています。

水道は井戸水を以前から使っていたため水に困ることはありませんでしたが、電気が使えない生活がずっと続いていました。地震から3か月になろうかという3月下旬の時点では、電気の復旧は待ちぼうけの状態でした。

繁さん「やっぱり電気は恋しいわいね。実際のところ」
久子さん「しばらく待ってくださいって2月の初め頃に電話きて、それからなしのつぶて。いい加減にしてくれって言ってじいじが怒って」

1日、岡山さんの自宅では大勢のボランティアが片付け作業を行っていました。

繁さん「倉庫の中に自分の商売してた道具がまだいっぱいあるんで、それを整理してもらうのに来てもらいました」

ボランティアの力を借りながら少しずつ前に進む岡山さん夫婦。

繁さん「ありがたい。スッキリした」
久子さん「助かります。自分じゃどうしようもできんもん。動かされんし。電気の工事も来てもらってます」

5月に入ってようやく始まった電気工事。そして…

繁さん「よっこいしょ、つけるよ。つけるがコレやね。すごい明るいね」
久子さん「こんな明るくなったもん。ボロもなんも見えます」

4か月半、真っ暗な蔵の中で生活を続けた岡山さん夫婦。思わず笑顔がこぼれます。

久子さん「生まれ変わったみたい、世の中ぱっと開けた感じやね、うれしいです。テレビ入ったら言うことないです」
繁さん「電気はほしかった。電池よりも本当の電気の明るさがほしかった。やっぱり電気がつくってなったら、うれしいっていうより、これが人間かなと思いました」

当たり前の日常を少しずつ取り戻そうとする2人。復興への長い道のりの一歩です。

久子さん 「(復興のスタートは)風呂がついて、台所がついてそれが(復興の)スタートになるかね。まだもうちょっと頑張らんといかんね」

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