新型『iPad Pro』の性能は“破壊的” プロギタリストと試した『Logic Pro』の新機能は「とにかく速い」

2024年5月15日、AppleはM4プロセッサを搭載した新しいiPad Proを発売した。昨年はiPadのアップデートが行われておらず、iPad Proが登場するのは2年ぶりのこと。2年前に発表されたM2プロセッサ搭載iのPad ProではApple Pencilによるポイント機能(ホバー表示)の実装やミニLEDバックライトの採用による100万:1の高いコントラスト比を実現(12.9インチ)するなど、画像やイラストレーションのプロフェッショナルが喜ぶアップデートがいくつか追加された。今回発表されたiPad Proはこうした前モデルの機能を踏襲しつつ、M4プロセッサへの更新を筆頭に仕様を大きく刷新したモデルとなった。数多のトピックがあるが、そのひとつにはニューラルエンジンの進化があり、昨今話題になっている「AI PC」の時流を数年前から先取りしていたAppleならではの製品に仕上がっている。

また、同時にアップデートが発表されたプロ用DAW(音楽制作総合環境)アプリケーション「iPad用Logic Pro」にも注目だ。ニューラルエンジンを活用する機能を複数備えており、特に入力した音源をAIによって解析、楽器のパートごとにトラックを分割する「Stem Splitter」の機能には大きなインパクトがあった。

今回はiPad Proの13インチモデルと同機用のSmart Keyboardを発売前にお借りできたので、これらのハードウェアについて数日使用したほか、前述の「iPad用Logic Pro」の「Stem Splitter」機能をプロギタリストの協力のもと検証した。新型iPad Proの実機レビューとLogic Proの新機能検証を合わせてお届けしよう。

先日行われたAppleのスペシャルイベント『Let Loose.』にて発表された新型iPad Pro。その姿がお披露目される直前、シニアバイスプレジデントのジョン・ターナス氏はこう語った。

「私たちは今日、iPadの可能性の限界を広げるだけでなく、破壊します!」

そう語られた後に現れるiPad Proはアップル製品史上最薄の5.1mm(13インチモデル)というサイズに600gを切る軽さ、M系プロセッサ最新の「M4」を搭載するパワフルなタブレットであること、初のOLEDを搭載したiPadであることなど、これまでのiPadの常識や限界を大きく飛び越えた製品だった。

Appleが同社最軽量級のノートブックに「MacBook Air」という名前を与えたのは2008年のこと。当時発表されたMacBook Airはプロセッサの処理速度こそ貧弱だったが、その衝撃的なサイズと軽さが大きく話題になった。「とても薄くて軽い便利なコンピュータだけど、性能とサイズはトレードオフだよね」というのは常識的な評価であり、個人的にはパワフルなMacが分厚いことも当時はなんだか格好よく見えた。時が経ち、先日発表されたiPad Proは「一番薄くて一番パワフル」ということで、これはアップルが発表してきた製品の常識を壊す製品であり、「破壊」というメッセージを打ち出したことには頷ける。

いざ本体を手に取ると5.1mmの薄さと軽さに驚くばかりだが、同時にその剛性にも気づく。ここまで薄いと曲げてしまうのではないかと不安になる読者もいるかと思うが、恐る恐る手に取るような質感の製品ではなく、少しラフに扱う程度ではアルミニウム製の本体はびくともしないと感じた。

同時にお借りした専用アクセサリ「Smart Keyboard」も、キーボード部分がアルミニウムになり高級感が高まった。それでいて以前よりも大幅な軽量化を果たしているのが嬉しいポイントだ。iPadを携帯する際にはもちろん、Sidecarで運用する際にも便利に使えるアクセサリだろう。

次の驚きはUltra Retina XDRディスプレイの美しさだ。iPadシリーズ初のOLED(有機ELディスプレイ)を搭載、その画面サイズに対して十分な輝度を確保するため2枚のOLEDを重ねた「タンデムOLED」という技術が採用されている。11インチモデル・13インチモデルともにSDR・XDR輝度は最大100nit(ニト)、HDRコンテンツ表示時のピーク輝度は1600nitと、OLED搭載機種でありながらLEDを搭載した前機種と同等の輝度を実現しているのに加え、コントラスト比は前機種の倍の200万:1と大きな描写力向上を果たしている。

実際に画像や映像を鑑賞してみたが、何気なくiPhone 15で撮影したスナップ写真などを表示しても飛び出てくるような立体感を感じた。影と光の差異があざやかなこと(コントラスト比が高いこと)が理由だろうが、締まった黒と穏やかな太陽光をいずれも描き切る描写力への感嘆は、FHDテレビを4Kテレビに買い替えたときの感覚にも近い。写真ではまったく伝わらないのだが、以下の写真はいずれもiPhone 15で撮影した写真をiPad Proに写したものだ。

2枚のOLEDを同時に駆動するためにパワーを発揮しているのがM4プロセッサだ。Appleによれば「iPad Proを作るためにはM4が必要だった」ということで、新たに搭載されたディスプレイコントローラによってこのディスプレイの採用が実現している。GPUもiPadで初めてハードウェアアクセラレーテッドメッシュシェーディングとレイトレーシングに対応しており、ニューラルエンジンはApple史上最もパワフルで毎秒38億回の計算を行うことができるという。このニューラルエンジンの恩恵を受けた機能をいち早く体験できるのが、「iPad用Logic Pro」だ。

Logic ProはMacに提供されているDAWアプリケーションで、音楽を制作・録音・編集できる様々な機能が揃っている。昨年5月、AppleはLogicのiPadバージョンを発表し、先日のスペシャルイベントでは「iPad用Logic Pro」の大規模なアップデートを発表した。

「Session Playes」は楽器を自動演奏する機能であり、従来「Drummer」として存在したドラム用自動演奏の機能がベースとキーボードのパートでも使えるようになった。様々な楽器に演奏者の微細なニュアンスを加えて演奏でき、コード進行などを指定するとそのニュアンスを含んだままコードをプレイできる。使ってみると従来の「Drummer」の使いやすさはそのままに、リズム・トラックとコードをスムースに制作できた。ピアノのペダルや鍵盤のノイズをも再現するのには驚く。

そして今回筆者が最も注目したのが「Stem Splitter」である。単一のオーディオファイルを読み込んで「Stem Splitter」を起動すると、Logic Proがその音源を解析し、「ボーカル」「ベース」「ドラム」「その他」のステムを作成してくれるという機能だ。

こうしたステムの作成機能自体は従来より他社製プラグインなどを導入することで実現できたが、これをLogic Proの純正機能として使えることはどの程度便利なのか? そしてニューラルエンジンによる処理の速度とその恩恵はどの程度なのか?これらの疑問を解消するため、今回プロ・ギタリストが運営するパフォーマンススタジオ「Studio KiKi」の協力を得て検証を行った。

1960年代のロック、1980年代のポップス、2000年代のJ-POP、中学生のバンド練習録音など、さまざまな音源を「Stem Splitter」に通し、Studio KiKiのスピーカーを通して聴きながらその効果を検証した。いずれの楽曲も3~4分程度の曲だったが、「Stem Splitter」による処理は1曲あたり6~7秒程度で完了した。

Studio KiKiによればこれは「相当速い」という。機能自体は既存のプラグインによるステムの分割作成機能とほぼ変わらないものの、この速度で実行できることは驚異的だと語る。また、分割精度も高いということだ。

「特にドラムと音域の低いベースのセパレートはかなり正確でした。ボーカルはこうした処理をするとどうしても”うにゃっ”としてしまうもので、『Stem Splitter』でもそれは避けられないんですが、健闘していると思います。何より簡単・手軽なのがすごい。いちいちプラグインを立ち上げたりせずとも、ファイルを配置して3回ぐらいタップして数秒待ったらもうステムができている。ボーカルのハモリのラインの細かい部分も聴こえるし、この『楽曲をバラす』という体験が単純に楽しいですよね。リスナーとしては面白い反面、ミュージシャンとしては楽曲の隠された部分が明るみになってしまう機能でもあると感じます(Studio KiKi)」

プロミュージシャンがこの「Stem Splitter」を使う場合、どんな用途が思い浮かぶかと尋ねると、特にライブ演奏時のリファレンスを作る際に使えそうだという。

「仕事で他人の楽曲を演奏するとき、パラデータをもらえることというのは少なくて。既存の発売している楽曲を聴きながら、譜面には書かれていないようなプレイも耳で確認してコピーすることがほとんどなんです。そういった練習の際に『Stem Splitter』で楽曲をセパレートすれば、確認が楽になると感じました。またこれは『iPad用Logic Pro』自体の話なんですが、セッションミュージシャンの間ではiPadは譜面を読むために"必須"と言っていいほどみんな持っているデバイスなので、そういうプレイヤーの人たちが手元のデバイスでこの規模のDAWを動かせるというのも安心感があると思います。リファレンスがいつでも開けるツールとして優秀です」

いかがだろうか。「Studio KiKi」での検証は私にとっても衝撃的で、こんなに簡単に楽曲がセパレートされていくのを間近に見て、ニューラルエンジンの恩恵を感じる体験となった。

iPad Proの性能は非常に高く、ほとんどの一般的な用途においては同時に発表されたiPad Airを導入すれば十分満足できるだろう(先に公開したiPad Airのレビューも合わせて参考にしてほしい)。公道を走るのにF1カーを用意する必要はないからだ。ただ、イラストレーションや音楽、動画の世界でiPadの導入を検討しているユーザにはこの破壊的な進化を遂げたiPad Proをぜひ一度触って体験してほしい。特に13inchモデルのディスプレイの美しさは圧巻だ。

(文=白石倖介)

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