【養老孟司×名越康文】「子どもに価値を置かない社会」となった今の日本の〈脱成長〉化に思うこと【対談】

(画像はイメージです/PIXTA)

少子化が進む日本。出生者数の減少と、若者の自殺が減らない現状に対し、「今の日本は子どもに価値を置いてない社会になってしまっている」と、解剖学者の養老孟司氏は言います。養老氏と名越康文氏の共著『二ホンという病』(日刊現代)より、日本社会が置かれている「少子化」と「脱成長」について、見ていきましょう。

今の日本は「子どもに価値を置かない社会」になっている

養老 去年(2021年)の人口統計で、出生者数が過去最低(84万人)になりました。それは10代、20代、30代の死亡原因のトップが自殺ということに関係しています。要するに、今の日本は子どもに価値を置いてない社会になってしまっているということです。別にそういう社会をつくろうと思ってやってきたわけじゃないんでしょうが。

― どこかで変えていかないと。

養老 そうですね。これをこういうふうに、ああいうふうに変えるといってうまくいくわけじゃない。だって、いま言ったように自殺が多いのも、自殺を増やそうと思ってみんながやってきたわけじゃないんでね。

去年あたりから思っているんですけど、ヨーロッパあたりで「脱成長」ということを言い出しています。現代の資本主義社会では、成長を続けていくことが問題だというわけです。ところが日本を見ると、ここ20年間、デフレでGDPが増えてない。日本はすでに脱成長じゃないか、と僕はいつも思っているんだけど。

― サラリーマンの年収も20年前と変わっていない、それどころかちょっと減っています。

養老 実収入は低下する一方です。それを脱成長というんじゃないかと思うんです。なぜか知らないけど、我々は何かにつけて欧米の基準で判断しますけど、それでみると、経済の人は「デフレでしょうがない」ということになるし、実はそうじゃなくて、環境問題やエネルギー問題その他を日本人がよく考えて、ある意味ではそれが行き渡ったために、実は実質的に脱成長になっちゃった。

アメリカなんかそういう意味でまったく反省していない。国民が全部かぶっているわけですけども。それ(脱成長)をポジティブに言う論者はいないですね。日本はすでに脱成長しちゃったんだって。脱成長って世界で言っているのは、このこと(今の日本の状況)だよって。そういうふうには取らないんです。

― 戦後は常に成長神話を求めてきました。

養老 だって、実態で考えたら経済が上向くにはエネルギーを必ず消費するわけですから、エネルギー価格は上がるに決まっています。既に上がっていますけどね。そんなことは何十年も前から分かっていたことで、ローマクラブのころからですからね。

そうすると結構、日本人って、わりあい均質でものを考えるから、ひとりでにブレーキをかけていったんじゃないかな。ここのところのデフレっていうのは、安倍さん(元首相)がなんとかしようと思ったんだけど、どうにもならなかった。実は、それには非常に大きな背景があるわけです。

みんなが錯覚していたんです。政治が何か号令かければ動くって。少子化の問題も含めて号令をかければなんとか動くって。大臣つくって政策を作り、子育てにお金を出したら増えるかって、そんなもんじゃないと。日本全体の状況を見れば、意識としては、分かっているといえば分かっているんですよ。

― 分かっているのに変えられない。

養老 だよね。一つはアメリカにくっついているからですよね。この影響は大きすぎる。いろんな意味でね。

自分が動くことがリスキーだと判断する、今の学生の「気質」

― 名越先生、大学教育にかかわられていて少子化問題や今の学生の気質をどうご覧になっていますか。

名越 すごく単純に言うと、大学生活が充実してくる時って、その前にまず目の色が変わるんですよ。何かこう、しつらえたものを与えられたり、これをやっておきなさいという形じゃなくて、「おれ、なんかやりたくなってきました」みたいな、その細胞が変わるというか、生気に満ちてくる。その段階をどうインスパイアするかっていうことが、僕なんかの立場からすると大事なんですね。でも、その段階は完全にすっ飛ばされている。ずっと言われるのは、「先生どうしたらいいんですか」ということ。

養老 やってみなけりゃ分かんねえだろう。

名越 あなた、その前に何かに手付けてるのとか、手付ける前に体温まっている? というところが完全に抜けているんですよね。どうすればいいかということを教えても体が起動しないと無意識レベルの集中というものが立ち上がらない。つまり一般によく言う「集中力」が出ないんです。

なぜかというと、個として動くことが嫌なんでしょうね。自分が動くことがリスキーだと判断している。誰かに言われて動くとか、鋳型ができたから型にはまりなさいというパターンだけで動く、それが得することで、自ら動くのはリスキーであることをもう条件付きで無意識の部分で覚えてしまっている。あるいは動く前に何を調べたらいいのか、段取りをどうしたらいいのか、とか。

これ、自分でも分かりますよ。僕もバンドやってるでしょ。これインスタとかでつないで、全体としてつながったらどうなるんだろ。やったことないから分からないな、となると途端におっくうになる。

で、やっぱりそれではいかんと分かって、そこのボーダーを超えて行くんじゃないかというヤツを探すと、大概そういうヤツは目の色が変わっている。それで、こいつ目の色変わっていると思って、その人に相談すると、なんかね、感染してくるんですよ。感染すると今までのいろんな見え方が変わっちゃう。その感染することも嫌がっている感じがしますね。感染するとこっちが熱を帯びて温まってくるという経験があるんですけど。

― 受け入れるという気持ちもないんですか。

名越 感染恐怖症です。この間池田清彦先生のユーチューブを見ていたら、先生いつから心理学者になったんやろうというぐらい、すごいこと言ってました。「皆さん、コミュニケーションの意味分かっていないですよ」と。「コミュニケーションというのは相手と自分、両方変わっていく時にコミュニケーションなんですよ」とおっしゃるわけです。そんな定義どこにあったっけというぐらい、素晴らしい発言でした。僕はやっぱり、そこら辺から考えてしまうんで、社会がどう変わったといっても、全部すり切れそうなタービンみたいに思うんですよね。

養老 今日はお客さんがいっぱい来ているんですけどね。一人はラオスに30年いた若原(弘之)君。今ラオスは外国人が行けなくなっちゃっているんで、ガイドみたいな仕事をずっとしてきたんですけど、仕事がないんで戻ってきた。それと小林(真大)君っていうここ2年半、ラオスで蛾ばかり採ってた青年がいますよ。学校なんか行ってない。ブレイクダンスやっているんですよ。

― ラオスからのお客さんのお話をうかがうと、自由に自分の意思で生きていらっしゃる感じが伝わってきます。まさに脱成長時代の生き方かなと。

養老 やっぱり周りの人を見ていると、それこそ自己責任と言いたくなりますね。自分で自分の居心地のいい状態を分かんなくなっちゃっている。(問題は)親の世代から起こっちゃっていることだからね。子どもの相手しているとよく分かりますよ。

名越 子どもって、親が知らない世界ですごい才能を発揮します。親はね、子どもに言いたいことだらけなんですよ。でも、それでは子どもからは何も意味のある言葉が出てこない。おまえ、その前にこれをやれ、と言われるに決まっているから。じゃあ聞いてやるから言ってみろ、ではもう自動的に体も心も閉ざして膠着するばかり。相手に開かれた心身の状態というものを大人が忘れている。心地のいい場所も探せないはずなんです。

― 最近、将棋や音楽の分野で活躍する若者が出てきていて、脱成長社会の中での可能性を感じます。

名越 将棋だとあまり金を使わなくてもいい世界ですね。

(トントントン、と机をたたく音。養老さんが虫の標本の入ったテーブルを叩いてニヤニヤしている)

養老 この世界は元手いらないよ(笑)。ここにいる小林君なんかそうですよ。2年半、ラオスにいたんだけど久しぶりに帰って来て、いやっていうほどゾウムシを持ってきてくれて。これから標本つくったり、整理したり大変ですよ。

養老 孟司
医学者、解剖学者

名越 康文
精神科医

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