【社説】カスハラ対策 度を越す要求許さぬ社会に

 相手が「お客さま」だからと、理不尽な要求をのむ商慣行は見直す時ではないか。

 政府が企業に対して、カスタマーハラスメント(カスハラ)から従業員を保護する対策を義務付ける法整備の検討に入った。来年の通常国会にも労働施策総合推進法の改正案を提出する見込みだ。東京都は全国で初めて、カスハラを防止する条例案の本年度内の提出を目指している。

 カスタマー(顧客)とハラスメント(嫌がらせ)を組み合わせた造語である。客や取引先がサービス業などの従業員に、威圧的な言動や過剰な要求を繰り返し突き付け、迷惑をかける行為を指す。

 飲食店や公共交通の業界、労働組合が公表した被害は目に余る。暴言や怒鳴り声、長時間の居座りや電話のほか、言いがかりで金銭を要求したり、土下座を強要したり。製品やサービスへの苦情だったはずが、従業員の態度が悪いと矛先を変えてエスカレートするケースも少なくない。

 社会問題化した近年、心身に不調を来し離職せざるを得ない従業員が相次いでいるという。人材流出の要因となり、企業や業界にとっても損失が大きい。一定の歯止めを設けるべき段階だろう。

 厚生労働省は2022年、カスハラの事例ごとに対策マニュアルをまとめ、企業に従業員の安全確保を求めてきた。相談窓口の設置や、カスハラと判断する行為の周知、従業員1人に任せない初期対応などを促している。

 しかし企業側の取り組みが進みにくかったのは、カスハラの明確な定義がなく、正当な要求との区別が難しい点があろう。苦情自体は品質やサービス向上につながる面がある。業種により特徴や対処法が異なるのも壁となった。

 よほど悪質なケースであれば警察に相談し、現に暴行や脅迫、威力業務妨害罪で立件されてきたが、氷山の一角に過ぎない。企業イメージや顧客第一主義を重んじるあまり従業員を守る対策が後回しになった面はないだろうか。

 ここにきて厳しい姿勢へとかじを切る動きが顕著だ。JR東日本はカスハラをした客に対応しない方針を公表し、全日本空輸は旅客運送約款を改めカスハラの乗客の搭乗を断れるよう準備を進める。名札のフルネーム表記をやめる企業や自治体も相次ぐ。

 当然であり、こうした対策を業種や規模にかかわらず広く企業に根付かせるのが、法改正の狙いだろう。

 ただ消費者の権利を侵害しないよう留意は欠かせない。カスハラの定義や具体例の提示に向けて、どこで線引きするのかを十分に議論すべきだ。客の要求や手段の妥当性、職場に与える悪影響を踏まえて判断したい。

 本来なら当事者同士のコミュニケーションで解決するのが望ましい。カスハラが増えた背景に、交流サイト(SNS)で従業員の名前をさらす例が多発し、不寛容さが増す社会が見え隠れする。互いの事情をくみ取り、度を越した要求を許さない社会にできないか。カスハラの周知をきっかけに顧みたい。

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