ヒゲダン 藤原聡、BUCK-TICK 櫻井敦司、Nulbarich JQ……ドラマーから転身した類稀なボーカリスト

バンドにとってボーカリストは、いわば“顔”であり、歌声がそのままバンドのシンボルになることも多い。例えば、コンビニや街中で流れてくる楽曲に対して、ボーカルの歌声で「あぁ、あのアーティストだ」と認識する人も多いのではないだろうか。

ボーカリストの中には、他のパートから転身して歌うようになったというアーティストもいる。「他に歌う人がいなかったから」「歌ってみたら“声がいいから歌え”と言われた」など、その経緯は様々だ。本稿では、意外と知られていない“もともとはドラマーだったボーカリスト”をピックアップし、そのリズム感や歌声について掘り下げていきたい。

Official髭男dism 藤原聡

まずは、今や曲を出せば必ずチャート上位にランクインする日本屈指のバンドとなったOfficial髭男dismの藤原聡(Vo/Pf)。2012年にOfficial髭男dismを結成する前から在籍していたバンド ぼすとん茶の湯会でドラムを担当していたことは、ファンの間では有名な話だ。ぼすとん茶の湯会は、『COLLEGE ROCK FESTIVAL 2011 全国大会』や『第6回 V-air あまばん2011』でグランプリを受賞するなど実力派として注目され、ローカルのテレビ番組にも出演している。藤原はこのバンドでシンプルかつ包容力あるドラムアプローチを見せ、歌を支えるドラミングを披露。音源のマスタリング具合も大きいと思うが、スネアやタムなどの一音一音が丸味を帯びているように感じられる音色選びも特徴だろう。2012年~2014年まで同バンドとOfficial髭男dismを掛け持ちし、2014年からOfficial髭男dismに専念。2018年に『ノーダウト』でメジャーデビューを果たした後の大活躍は万人が知るところだろう。

藤原の声の持ち味は、多彩なボーカリゼーションにある。伸びやかでクリアなハイトーンを筆頭に、声量を活かしたエネルギッシュなロングトーン、ソウルのニュアンスも感じさせる母音の抜き方、滑舌のよさと子音の刻みで聴かせるジャジーなビートに対する抜群のリズム感、決してブレない音程……など、その魅力は語るに尽きない。ただ、元ドラマーということを前提に改めて彼のボーカルを聴いてみると、リズムが鳴っていない部分でも、しっかりとバックビートを捉えていることが聴こえてくるのだ。

例えば「Subtitle」のイントロから最初のAメロ。ピアノの弾き語りで幕を開けるが、藤原はピアノの和音でリズムの一部を刻むことで、バックビートを表現しているように思え、サビでダイナミックなバンドサウンドが展開した後でも、時にはそれらと絡み合いながら、別のリズムとして進行していく部分もある。そうして幾多のリズムが重なる曲の中で、最初から最後までボーカルのバックビートをキープできるのは、ドラマー由来の類稀なるリズム感を持っているからだと思う。

BUCK-TICK 櫻井敦司

次に2023年10月19日に急逝したBUCK-TICKの櫻井敦司(Vo)について触れたい。1984年にBUCK-TICKの前身となるバンド(非難GO-GO)を結成した当初は、当時の日本のアンダーグラウンドシーンに影響された前衛的なパンクバンドで、櫻井はドラムを担当していた。しかし、音楽性の違いにより当時のボーカリストが脱退した際、自らボーカルになりたいと手を挙げたのが櫻井だった。BUCK-TICKがデビュー以降も音楽性の変遷を続け、2020年代に至るまで現役であり続けられた理由のひとつが、ここで見えてくる。アルバムごとに異なる音楽性に変化し、いつもサウンドに対してフレキシブルでいられたのは、作曲のキーパーソンとなる今井寿(Gt)や星野英彦(Gt)の曲作りの才能ももちろんあるが、その世界観をしっかりと表現できる櫻井敦司というボーカリストの存在が大きい。

ゴシックでダークな世界観、パンキッシュで攻めたサウンド、そして櫻井の圧倒的な存在感で、BUCK-TICKはデビュー前から音楽シーンで注目されるバンドとなり、1987年にリリースされたインディーズ盤『HURRY UP MODE』は、当時持っていたら自慢できるほどにプレミア化した。同年9月にメジャーデビューし、1989年に発売されたアルバム『TABOO』が初のチャート1位を獲得すると、櫻井のカリスマ性は全国に知れ渡った。

ボーカリストとしての櫻井敦司の真骨頂は、その声質やリズム感であり、80年代ポストパンクやニューウェイヴに通ずる、ある種淡々としたタイトなメロディのループを、艶っぽい中低音で聴かせてしまうところだ。子音を強く発音していないのに、培われたリズム感で、言葉をビートに変換したように感じられる。日本語をひと言ずつはっきり歌うのも、改めて聴き返してみると特徴的である。また、ミディアムナンバーやバラードなどのロングトーンでは、バンド初期は言葉をふわっと置くように歌うか、すぐフェードアウトするニュアンスのものが多かったが、キャリアを重ねるごとにそのアプローチがどんどん増えている。例えば近年のこぶしとも捉えられるようなニュアンスの歌唱は、初期の櫻井では考えられなかったアプローチだ。長いバンド活動の中、己のカリスマ性を維持しながら、音楽性の変遷に真っ向から挑み続けたのが、櫻井敦司というボーカリストだったのではなかろうか。

Nulbarich JQ

Nulbarichを束ねるJQ(Vo)ももともとはドラマーだった。幼い頃からピアノを弾き、吹奏楽部に入ってからはドラムを始めて、学生時代に組んだバンドでも、いつもドラムを担当していたと語っており(※1)、2018年に行われたNulbarichの日本武道館公演(『Nulbarich ONE MAN LIVE at 日本武道館 -The Party is Over-』)など、デビュー以降のステージでもたびたびドラムプレイを披露している。Nulbarichの楽曲、もっと言ってしまえばJQが作るサウンドとそのアレンジは、バンドを前提にして作られていると思う。ゆえに、一瞬の隙間が1曲の中に定期的に登場し、その余韻が軽やかなグルーヴに繋がっている。また、アレンジ面で言えば、ピアノの和音を巧みに使って流れを作るスタイルが印象に残り、和音の部分が、そのままビートに変わっても成り立つような構成の曲もある。ここから、曲によってはJQが、ピアノを“音階が出る打楽器”として使っているのではないかと考察する。

JQのボーカルの醍醐味は、日本語と英語の発音の違いを感じないところ。さらに、どの曲でも、空間の中を浮遊するような独特のバウンシーさがあるところだろう。ここに、前述した隙間を活かすセンスが大きく関わっていると思う。さらにボーカルコントロールで、ロングトーンや母音の抜きにメリハリをつけているのも同様だ。バラード曲「Lost Game」などで見せるロングトーンへの多彩なアプローチは、グルーヴをキープしながらも楽曲をドラマチックに彩り、ストーリー性を強く印象づけている。アシッドジャズやソウルなどのブラックミュージックに影響を受けながらも、ファルセットにあまりインパクトを置かず、滑らかに歌っているところも、JQならではのアプローチだ。もちろん、申し分なく綺麗なファルセットを出しているのだが、それ以上に全体を通してシルキーな歌声が印象に残るのは、JQがボーカリストとしての自分の歌声の魅力を熟知しているからに他ならない。彼の歌声は“ディレイしていないシティソウル”といった趣きで、抜群に心地よく、実は中毒性も高い。

あっこゴリラ

最後は、ドラマーとしてデビューした後、ラッパーへと転身し、作詞家・ラジオパーソナリティとしても活躍を広げた、あっこゴリラをピックアップする。小学生の頃にドラムを始めた彼女。一度はドラムから離れるも、本格的に音楽活動を始めてドラムを再開したのは高校を卒業する頃だったという(※2)。2011年にメジャーデビューした際のバンド HAPPY BIRTHDAYは、ボーカル&ギターとドラムという女性2人組。筆者は当時、雑誌『PATi・PATi』でHAPPY BIRTHDAYにインタビューをしたことがあるが、2人組編成によって音楽的な自由度は高いと思うかと質問すると、2人が口を揃えて「何でもできる気がするし、どんな音楽でもやりたい」という旨を即答したことを覚えている。

そこから当時のボーカリスト きさの療養に伴い、ソロでステージに立つようになったことがラッパー あっこゴリラ誕生のきっかけだった。バンドの解散後、あっこゴリラはラッパーとしての活動を本格化させ、2016年に1stアルバム『TOKYO BANANA』を発売し、2018年にはメジャー再デビューを果たす。STUTSから大塚愛までコラボレーション相手も驚くほど幅広く、ジャンルを飛び越えていく姿勢は、“何でもできる”を体現しているようである。

あっこゴリラのラップは、バックトラックのリズムにライドオンし、さらにリズム感を加えていくスタイル。リズムの捉え方が的確で、リリックも無理に言葉を詰め込まず、トラックのリズムを重視して作っているのではなかろうか。ラジオパーソナリティも務める彼女ゆえ、発音の違いで声音も変えられると思うのだが、ラッパー あっこゴリラとして出す声は、ハスキー寄りで統一している感がある。柔らかく発音しそうなところでも、あえて少し強めに発音することで、低音の印象が強く残る。彼女のラップが、まるでベースラインのようにバックトラックのリズムに絡んでくる瞬間があり、そこで出てくる愛嬌と迫力が同時に攻めてくるような独特のブースト感こそが、間違いなくあっこゴリラの個性だろう。

本稿の執筆にあたり、いつもとは違う視点で音楽を聴き込むことができた。結果、それぞれのボーカリストについて新たな発見が多々あったことが、いち音楽リスナーとしてとても嬉しい。

※1:https://fendernews.jp/cover-2021-nulbarich/
※2:https://cocotame.jp/series/001384/

(文=伊藤亜希)

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