小説家・金原ひとみが今だから語る“ぼろぼろになっていた”子育てと作家の二足のわらじ

金原ひとみ 撮影/冨田望

20歳のとき『蛇にピアス』(集英社)で第130回芥川賞を受賞して以来、コンスタントに小説を発表、谷崎潤一郎賞、柴田錬三郎賞など、きらめくような受賞歴をもつ金原ひとみさん(40歳)。作家であり2女の母であり、小説の中で「本音」を“ぶちまける”作家として女性を中心に熱い支持を得ている。【第1回/全5回】

デビューから今日まで、コンスタントに小説を書いて発表し、多くの人々の心をつかんできた金原さんだが、「決して前向きに生きてきたわけではない」と苦笑する。

思えば生きづらそうな人生だ。10歳のころから不登校になり、12歳から小説を書き始めた。リストカットを繰り返していた時期もあるが「書くこと」が支えになっていった。

「私はマルチタスクの対極にいるような存在なんです。常に二択で、こっちが嫌だからしかたなくこっちという消極的選択を繰り返して、常に一つとしか向き合えなかった。何かをつかんできたとか能動的に生きてきたという意識は皆無です。
ただ、書くことだけは生きるためにしなければならないことだった。熱意を持ってというよりは、食事とか排せつとか入浴とかと一緒で、当たり前に、日々しなければいけないこと。何も考えなくてもすること。そんな感覚なんですよね。だから書いていない人はつらくならないのかな、と思うこともあります」

とはいえ、書くことがつらくなることもある。それでも生み出さなければ生きていけないのが持ってうまれた「性」なのかもしれない。

「臨月が来て陣痛がきて、ここまで育ってしまったんだから、ここにあるものを出さないと終わらない。そんな必然性によって作品を生み出している感じがありますね。ものによっては安産だったり難産だったり、ちゃんと生み出せなかったりもしますが、生き延びるためにしなきゃいけないことなんです」

金原ひとみが考えるMe too問題

20年間、作品を書き続ける中で、さまざまなテーマを自分の中で昇華させ続けてきたが、ちゅうちょなく書けるものと立ち止まってしまうものがあるという。

「母性幻想とかコロナ問題については、特にちゅうちょすることなく書かなければと反射的に書き始めましたが、震災とかMe too問題については整理が遅かった。特にMe tooについては乗り切れずにいました。女性が差別、搾取されることに関しては深刻な問題として考えてきましたが、自分自身もかつては問題を無視して、無自覚に加担してきたのではないかという罪悪感もあり、声を上げることに抵抗がありました。
女を売りにしたわけじゃないけど、利用してきたところはないだろうかという疑いも、自分では持っています。だから、しっかりと距離を置いて、客観的な複数の視点を自分の中で確立できるまで待っていたという感じです」

だが自分自身が親になり、成長していく娘たちを見ていると思うところがあった。小説の新人賞選考委員を務める立場にもなり、「四の五の言わずに行動しなければ」と責任感にも似た気持ちが生まれた。

「自分が言わないといけないんだと、ここ数年、ようやくそういう気持ちが芽生えてきて、一昨年から文芸誌で『YABUNONAKA』(文藝春秋)という小説を連載しています。当事者でありながら俯瞰(ふかん)して見なければいけない問題だし、書いたからといって自分の立場がはっきりしたわけでもありません。模索し続けるために小説を書いている気がしますね」

常に模索し続けてきた人生だったのかもしれない。

育児と作家を並行させる日々に「ぼろぼろになっていました」

金原さんは芥川賞を受賞した翌年の‘04年に結婚、’07年に長女を出産した。’11年、次女を出産する直前に東日本大震災が起こり、父親の実家がある岡山県に一時避難、結局はそこで次女を出産することになった。さらにその後、子どもたちを連れてフランスに6年にわたって移住した。

「消極的選択をしてきたわりには、いろいろなことがありました。私にとって、書くことは人生の中で最優先順位だと思っていたけど、育児中は目の前の小さな命を最優先させなければならないことの方が多くて。それでも書かないわけにはいかない。子どもが小さいうちは、いま思えばよくそんな体の使い方ができたなと思うくらい、ぼろぼろになっていましたね。時間を無理やりゴリゴリ絞り出して小説を書いてました。よくそんな体力があったなと思います」

育児や家事は身体で覚える部分も大きいが、小説は頭と感性をフル回転させる作業。書いていないときもセンサーは働き続けているという。

「“この感情、この感覚はいつか小説に生かしたい”とか、“あ、この光景はいま書いている小説に入れたい”とか。知らないうちに頭や五感が小説に向いています。多分両輪で、小説世界と現実社会の両方に足をかけて生きているんです。どちらかだけではバランスが悪すぎて落下してしまうから、両方を同じくらい必死に回してるんです」

常にヒリヒリした物語を、リアルな人間像に乗せて書いてきた。自身の心の持って行き場を探していたのかもしれない。日常の多忙さにかまけて、万が一書かずにいたら……。
「爆発していたと思います。内側から木っ端みじんになって、元がわからないほどに」
金原さんは笑ってそう言った。

金原ひとみ(かねはら・ひとみ)
作家。1983年生まれ、東京都出身。2003年『蛇にピアス』(集英社)ですばる文学賞受賞。翌年、同作で芥川賞受賞。’10年、小説『トリップ・トラップ』(KADOKAWA)で織田作之助賞、’12年、『マザーズ』でBunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞など、あまたの文学賞を受賞。’12年から2女を連れてフランスに移住、’18年に帰国。今回、初の試みとしてオーディオファースト作品『ナチュラルボーンチキン』を書き下ろした。

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