ボブ・マーリーの映画主演が語るそっくり演技の心理的アプローチ

海外で2024年2月14日に劇場公開され全米興行収入2週連続1位を記録、英仏ではあの『ボヘミアン・ラプソディ』を超える初日興行収入、母国ジャマイカでは初日興行収入としては史上最高数を記録したボブ・マーリー(Bob Marley)の伝記映画『ボブ・マーリー:ONE LOVE』。

日本では2024年5月17日に公開されることを記念して、ライター/翻訳家の池城美菜子さんによるボブ・マーリーの生涯と功績についての連載企画を実施中。

今回は特別編として、映画でボブ・マーリーを演じたキングスリー・ベン=アディルのインタビュー原稿を掲載。

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顔が整いすぎているのでは。背が高すぎるのでは。『ボブ・マーリー:ONE LOVE』のトレイラーを観たとき、長年、ボブ・マーリーの映像に親しんできたファンほど、そう感じるかもしれない。筆者もそう感じた一人だ。

キングズリー・ベン=アディル、37歳。高い評価を受けた『あの夜、マイアミで』(2020)でマルコム・X、2023年のブロック・バスター『バービー』ではバスケットボール・ケン、MCU『シークレット・インベージョン』では悪役のテロリスト、グラヴィクを演じた。話題作に立て続けに出演している、要注目のイギリス人の俳優である。

ネットではなぜか身長171センチと出てくるが、これは誤りで実際は188センチ。ボブと18センチもちがう。だが、本編が始まって数分で、ボブに見えてくるから不思議だ。このバイオピックの成功の大きな要因として、憑依とも言えるキングズリーの「ボブ・マーリーっぷり」があるだろう。海外での本作へのレビューでも、彼の演技は絶賛された。ジャマイカのパトワ語のみならず身のこなし方まで、見事。この役を演じるために体重を18キロ以上落とした彼に話を聞いた。インタビューは、「日本ではボブ・マーリーは人気なの?」と逆に訊かれるところからスタート。

マーリー・ファミリーとの縁

―― 日本はレゲエ人気が高いですし、ボブの音楽がよく聴かれています。だた、レゲエ・ファンの多くは息子のジギーやダミアン、スティーヴン・マーリーのほうが「自分たちのアーティスト」という感覚かもしれません。

ダミアンは、僕が若かった頃にロンドンでも大人気だったよ。

―― 『Welcome to Jamrock』は世界的に流行りましたよね。

そうそう、あとNasとのコラボレーションもすごく流行ったね。

―― 『Distant Relatives』ですね。ジギーは撮影現場に詰めていたそうですが、ダミアンとも会う機会はあったのでしょうか?

それが、まだなんだ。ジャマイカで撮影が始まった頃、会うはずだったんだけど。妹さんがお母さん役(シンディ・ブレイクスピア)でオーディションを受けたから、彼のお母さんと妹にはわりとゆっくり会えたんだけどね。半日くらい一緒にいてダミアンには夕方に会うはずが。彼が時間を変えたから、僕は疲れて帰ったんだ。次回だね。

主演としてのプレッシャー

―― 改めて、映画の大ヒットおめでとうございます。

ああ、ありがとう。ホッとしているよ。

―― けっこうプレッシャーがあったんですね。

公開ギリギリまで、経済的な成功はあまり意識していなかったんだ。でも、パラマウントのトップの人たちが会いに来たりして、あ、これは大変だ、多くの人の職がこの作品にかかっているんだ、と気がついて。そこからは、大丈夫かな、みんな観に来てくれるかな、と気がかりだった。ヒットして安心したよ.

―― もともと、あなたはイギリスでよく知られていますが、この映画で世界中で有名な俳優になりました。公開の前後で状況が変わりましたか? 

僕の場合、徐々に認識されている感じだね。何時間もだれにも気づかれないこともあれば、出かけて5分で大勢の人に囲まれるときもある。一定のリズムはない。毎日、地下鉄に乗っても問題ないのに、パブに入った途端、15人くらいがふり返ることもある。

―― 母方の祖父母がトリニダード系とのことで、移民3世という理解で合っていますか?

合っているよ。母方の祖父母は1957年にロンドンに移住したんだ。

―― あなた自身が行ったことは?

それが、ないんだ。

―― カリブの文化、食べ物や音楽は親しんで育ったのでしょうか?

それは、そう。祖父母と一緒に住んでいたから、トリニダード&トバコの文化は家に溢れていた。2011年に祖母と行く機会があったけど、演技の学校を卒業してすぐに役を得たから、行けなかったんだ。今回もジャマイカに行く前にトリニダードに先に行かないと、と思って予定を立てたけど、結局スケジュールが詰まって叶わなかった。近い将来、絶対に行くし、ジャマイカも仕事抜きで行きたい。

―― 舞台挨拶でパトワを完ぺきに話すために苦労したと話されていました、それに加えてギターも練習したそうですね。だいぶ、上達しましたか?

そうでもない(笑)。演奏する必要がある曲だけ確認して、それを練習した。先生は本格的に教えようとしたけれど、「いや、その時間はないと思うので、必要なコードだけ教えてください」って。結局、「Redemption Song」「Lively Up Yourself」「Turn the Light Down Low」「Heathen」「Guiltiness」あたり、9曲くらいは弾けるようになったよ。コードも似ているから、難しくなかった。

「Concrete Jungle」はテンポが上がったり下がったりするから、難しかったな。ギターの良さはわかったよ。考えすぎてしまったときは、ただギターに向かって集中して心を落ち着ける安全地帯みたいな役割も果たしてくれる。ボブにとっても、そうだったんじゃないかな。

ボブ・マーリーを演じるために

―― フレディ・マーキュリーを演じたラミ・マレックやエルヴィス・プレスリーを演じたオースティン・バトラーを指導したコリオグラファーのポリー・ベネットの指導を受けたそうですね。彼らの演技もすごかったので、あなたもボブになりきっていたことに納得したのですが。

そう思う?

―― はい。視線の動かし方までボブにそっくりで驚きました。彼女には、なにか特別なメソッドがあるのでしょうか?

ポリーは心理学的な観点からアプローチするんだ。彼女は人の動きから心理を読み取れる。だから、ボブの動きを真似る前にまず、僕の動作の特徴を分析した。肩の動かし方ひとつで、ポリーはその人のそれまでの歴史を見抜いてしまう。それができる人はなかなかいないから、非常に興味深かったね。まず、僕の動作と、ボブの動作を分析して比較するためにかなり時間を費やした。ボブの動きに関しては、すごく誤解が多かったんだ。

―― どういう意味でしょう?

たとえば、自由に動いているように見えて、ボブはがっちり姿勢を固める。緊張感を高めて、さらに高めて、これ以上は無理ってところで一気にゆるめる。それで、また構える。あと、彼は(歌っている間)ずっと目をつぶっているよね。そのままの姿勢で動きを加えていく。同じようにやっていると、フラッシュのように彼が見えてくるようになる。彼の動きはずっとはできないけれど、彼の存在を感じてパッとできる瞬間があるんだ。

―― すごいです。理論的なんですね。

それが起きるのは、録音された音源のテンポが速いとき。ゆっくりのときは難しい。「Exodus」はふつうのテンポだけど、レインボー・フェア(のときの録音音源)は速かったりもする。音源を受け取るのが遅かったから、ポリーと練習していた動きをフリースタイルで当てて仕上げたんだ。

―― 彼女は学者かお医者さんみたいですね。

動きに関するサイコロジストだね。だから、俳優はみんな彼女と仕事をしたがるんだよ。

―― あなたの頭の傾け方もそっくりでした。

あれもね、ボブがリラックスしているように取られているけれど、頭を後ろに逸らすのはトレンチ・タウンみたいな場所で育った人特有の防御本能が働いたときの動作なんだ。表情は柔らかくても、頭の振り方に「簡単には信用しないよ」という気持ちが出ている。

―― そうなんですね! 少し書きづらいですが、70年代終盤ではステージでマリファナの入った飲み物を飲んでいたという証言もあるので、しらふで演じるのは大変そうです。

いや、タイロン(・ダウニー/ザ・ウェイラーズのメンバー)によると、『Exodus』のレコーディング中はほとんど吸っていなかったはずだ。ボブにはそういうイメージがついて回っているけれど、スタジオでは規律を守って、音をまとめる必要があるときは、吸っていなかった。

マルコム・Xを演じた『あの夜、マイアミで』

―― なるほど。ボブ以外でインスピレーションを受けたミュージシャンは?

ダニー・ハサウェイ。それから、ギル・スコット・ヘロン、ナズも大好きだ。フージーズの『The Score』はずっと聴いていたし。一番、感情が動くのはダニーとスティーヴィー・ワンダーかな。ダニーが短い生涯で作った曲、歌声はすばらしいと思う。

―― マルコム・Xを演じた『あの夜、マイアミで』にはサム・クックが出てきますね。

撮影中はサム・クックをたくさん聴いたね。

―― あのマルコム・Xの演技も見事でした。マルコムを演じるのと、ボブを演じるのでは何が一番違いましたか?

マルコムを演じたときは。まったく準備期間がなかった。だれかが降板して、急遽、代役で出演したから2週間しかなかったんだ。

―― 全然、そんなふうには見えませんでした。

集中すれば。あんなに短期間である人物について学べるものなんだって自分でも驚いた。マルコムの感情の動きを読み取って、体得するためにそこまで時間はいらなかったんだよね。僕は9ヶ月間くらい、なにもしないでリラックスできるけど、いざとなったらすごく集中できる。ふだんもいろいろなことを同時にはしなくて、ひとつのことに集中するんだ。マルコムを演じるのは楽しかったよ。ボブは準備期間が長かった分、あれこれ心配する時間もあったんだ。

―― デンゼル・ワシントンが演じたマルコム・Xは見返しましたか? (※スパイク・リー監督『マルコム・X』<1992>の主演だった)

観なかった。映画自体は大昔に観たことがあるけれど、ちがうアングルからマルコムを作る必要があったから。あえて観なかったよ。

大変だったシーン

―― 『ボブ・マーリー:ONE LOVE』の撮影でもっとも印象的だったのは、「War」から「So Jah Say」の撮影シーンだったそうですね。逆に、もっとも大変だったシーンはどれでしょう?

一番大変だったシーンは‥‥‥そうだね、最後のほうで狙撃をした若者が戻ってくるシーンかな。あの日は自然に演じるのを難しく感じた。感情が入らなかったというか。あの若い俳優のマイケル(・ワード)が入ってきたときに、「あ、ボブはこの若者を救おうとしたんだ」と悟ったら楽だった。

―― ボブからマルコム・X、それからバスケットボール・ケンとかなり役柄の幅が広いですね。これから、挑戦してみたい役柄、もしくは俳優の活動以外でやってみたいことはありますか?

優れた脚本の、いままでとはちがうジャンルの役に挑戦してみたいね。こういう役柄、とは答えづらいけれど、演じるのがおもしろそうな、興味を惹かれる作品がいいね。可能な限り、似たような役を繰り返すのは避けたい。フレッシュで没頭できるようなストーリーを探しているよ。

 

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仕事柄、筆者は文字によるインタビューの強みを信じている。だが、さすがにキングズリー・ベン=アディルがボブの仕草を説明するために、一秒以下でボブになり切ったときは動画で残せなくて申し訳ない、と思ってしまった。それくらい、切り替えがすごかったのだ。

話に出てくるマイケル・ワードは、サム・メンデス監督『エンパイア・オブ・ライト』(2022)の準主役である。キングズリーはボブ同様、リラックスしたアーティストらしい雰囲気を漂わせた人である。彼のボブ象をぜひ観てもらってから、ほかの作品もぜひチェックしてほしい。

Written By 池城 美菜子

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ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ『One Love: Original Motion Picture Soundtrack』
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