地震の傷、豪雨えぐる 南阿蘇村立野

住民ら一時帰宅

6月下旬の大雨で土砂が流れ込んだ家に一時帰宅し、除去作業を急ぐ立野地区の住民=3日午前10時半ごろ、南阿蘇村(大倉尚隆)

 山麓は鈍い土色に染まっていた。熊本地震に続き、6月下旬の豪雨で新たな土砂崩れが多発した南阿蘇村立野地区。3日、一時帰宅した住民に同行し、豪雨後初めて地区内に入った。

 地震後、閉院した阿蘇立野病院の近くまで行くと、削れた山が目に飛び込んできた。地震で土砂災害の恐れがあるとされた場所に、大雨は容赦なく襲いかかった。

 斜面に近い中尾久澄さん(78)宅の敷地には、土砂が60センチほど積もっている。足を踏み入れると、ぬるっと長靴がはまった。自宅の窓を倒木が突き破り、室内にも膝の高さまで泥が流れ込んでいた。

 親戚らとスコップでかきだしていた中尾さん。地震後、妻眞澄さん(76)と熊本市に移り住んだ。自宅の地震被害は一部損壊。水道が復旧したら戻れると思っていたが、難しそうだ。「また、いつ山が崩壊するか分からんけんね」

 白川左岸の北向谷原始林に目をやると、至るところで山肌がむき出しだ。土砂災害の大きさに息をのむしかない。なぎ倒された大量の木があちこちに残り、土砂が高く積み上がっている。

 国道57号沿いにある自宅で、丸野誠士さん(84)は両手を泥まみれにして、車庫にたまった土砂に手を焼いていた。大雨が降り始めた6月20日夜、大津町に避難。「もう少し遅かったら土砂崩れに巻き込まれていたかもしれない」。それでも、一日も早く立野に戻りたいという。「生まれ育った場所だから」

 この日は、断続的に激しい雨が降った。一時帰宅した住民らは慌ただしく荷物を運び出し、大津町など地区外の避難先へと戻った。「いつか戻りたい。でも戻れないかもしれない」。地震で受けた心の傷を、豪雨はさらに深くえぐったのだ。(富田ともみ)

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