生きた証残したい 笹子事故遺族が写真集

 中央自動車道笹子トンネル(山梨県)の天井板崩落事故で命を落とした上田達(わたる)さん=当時(27)=の両親が、一冊の写真集を出版した。事故の4カ月前、上田さんがカンボジア旅行で撮影した作品をまとめたもので、生前の充実した日々の一こまを伝える。「犠牲者にはやりたいことがたくさんあった。ある日突然、夢を絶たれた若者の足跡を知ってほしい」。悲惨な事故が繰り返されないことを願う両親の思いも込められている。

 大学時代に学園祭の実行委員を務めるなど、人を楽しませることが好きだった上田さん。広告会社に就職し、横浜市金沢区の実家から勤務先に近い東京・神田のシェアハウスに引っ越して多忙な業務に打ち込んでいた。事故の1年前には希望していた部署への異動がかない、「2020年五輪の開催都市が東京に決まったら、必ず関わりたい」と夢を語っていたという。

 だが、シェアハウスの仲間たちとの旅行から帰る途中、事故に巻き込まれて帰らぬ人となった。母親の敦子さん(60)は「海外出張にも行くなど、これからというときだった。仕事では本人が満足いくものを残せなかった分、生きた証しを残してあげたかった」と打ち明ける。

 生前に愛用していた米アップル社製のパソコンには、仕事やプライベートで撮影した多数のデータが整理されて残っていた。ただ、父親の聡さん(64)は「充実した時間を過ごしていたことが分かる、とても大切なもの。すぐには向き合えなかった」。昨年12月に横浜地裁で中日本高速道路などの過失を認める判決が言い渡されたのを機に、ようやく写真集の編集に取り組めるようになった。

 写真が趣味だった上田さんが夏季休暇を利用して訪れたカンボジアで撮影した650枚ほどの中から、95枚を厳選。「達が何を撮ろうとしたのか」(敦子さん)を考えながら、一枚ずつ丁寧に選んでいった。

 タイトルは「PYRAMID SONG アンコール遺跡をゆく」。学生時代の親友に教えてもらい、本人が大好きだった英ロックバンド・レディオヘッドの曲名から引用した。小さなボートで天国に向かうという歌詞が、トンネルを走行中の車内で亡くなった若者たちの姿に重なった。

 デザインは広告会社の同期が担当し、遺跡の神秘的な姿や旅の風景を切り取った一冊が完成。今月21日に販売を始めた。

 両親は、写真集にこんな願いを込める。「公共のインフラは安全、安心を第一優先にしてほしい。写真集をきっかけに、あらためて事故の教訓を多くの人に思い出してもらいたい」 青山ライフ出版発行で1250円(税別)。ネット通販「アマゾン」で購入できる。

 ◆笹子トンネル天井板崩落事故 2012年12月2日午前8時ごろ、山梨県の中央自動車道笹子トンネル上り線で天井板のコンクリート板が約140メートルにわたり崩落。トンネル内を走行中の車3台が下敷きになり、男女9人が死亡、女性2人が重軽傷を負った。亡くなった20代の男女5人の遺族が中日本高速道路と子会社に損害賠償を求めた訴訟で、昨年12月の横浜地裁判決は、「より入念な方法で点検を行う義務を怠った」として会社側の過失を認定。約4億4千万円の支払いを命じ、判決は確定した。遺族が会社の当時の役員に損害賠償を求めた訴訟は、10月に東京高裁で控訴審判決が言い渡される。

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