【世界から】電気釜盗まれても直ちに補償

寛大なスイスの保険会社

画像スイス人も海外旅行が好き(2016年7月)画像スイスの航空会社。通称SWISS。空の旅では旅行保険は必需品だ画像チューリヒ空港の遺失物センター

 私はスイスに住んではや10数年、その間幾度も日本に一時帰国しているが、今春初めて盗難で保険のお世話になった。成田空港でお土産に購入した電気炊飯器をチューリヒ空港に到着した際に盗まれたのだ。旅慣れてはいるものの、スイスに到着して一気に力が抜けたこともあり、大切なお土産を機内に置き忘れてしまった。数分後、係員に頼んで見てきてもらったら既に消えていた。掃除に取り掛かっていた清掃員にも聞いてくれたそうだが、「大きな箱はどこにもなかった」と言ったという。

 ▽電話1本

 一緒に旅したスイス人の夫の慌てぶりと、息子の興奮した様子とを、私は、不注意を省みつつ「覆水盆に返らず」と冷ややかに見ていた。空港警察署で「現物は無理でも保険がおりるかもしれない」と聞いても、無理だろうと諦めていた。

 ところが翌朝、わが家が契約している保険会社は、電話1本であっさりと価格の3分の2を補償することを認めてくれた。夫は状況を説明しただけで、申請書も提出せず、手元に残った領収書も送付せずに済んだ。

 保険会社の係員は電話越しに「日本製の炊飯器は、そんなに質がいいのですか」と夫に聞いたという。パンやジャガイモが主食とはいえ、時折、米を食べるスイス人もいて和食も人気。炊飯器はこちらでもおなじみだ。何もわざわざ日本で買わなくても、とあきれたのだろう。

 ▽手厚い旅行保険

 あまりにもあっけなく手続きが終わり、私たち家族3人とも拍子抜けして笑ってしまった。空港の遺失物センターと空港警察署に寄って長々と説明を繰り返し、帰宅してからも炊飯器のことが頭から離れなかったが取り越し苦労だった。

 実を言うと、「盗難」では初めてだったが、旅行保険の恩恵を受けたのはこれが初めてではない。スイスに転居したころに二度あった。一度は破損費補償、もう一度は2人分の航空料金の返金だ。二度とも、まさかの全額賠償だった。補償内容も掛け金も関係するとはいえ、日本での出し渋りの傾向と違って本当に寛大だ。

 ▽助け合う文化

 スイスの保険会社はなぜこうも気前が良いのか。日本と比べ、スイスでは保険が身近な存在なのだと思う。航海が盛んだったヨーロッパでは紀元前から海上保険(原型)があり、産業革命で近代的な損害保険が発達した。スイスでは他国にならい、1800年初頭に州単位で損害保険会社が設立されていった。日本にこの制度が入ってきたのは、数十年後の明治維新のとき。日本では保険の歴史が浅い分、サービスが成熟していないのかもしれない。

 また、スイスには相互扶助の精神が根付いているのも関係しているだろう。地元意識が非常に強く、国よりも、州や自分の住む市町村が大事という風土の中では、お互いに日々助け合うことに価値が置かれる。保険会社が設立される以前に、災害に見舞われたときに教会が音頭を取って寄付を募ったり、独自の助成金制度を作った地域もあった。

 スイスが世界一住みやすい国とも評価されるのは、こんな「安心感」のおかげもある。また補償手続きがすんなりいくかどうかを確かめるため、今度の旅行では高価な宝石でも落としてみようかしら。(チューリヒ在住ジャーナリスト、岩澤里美=共同通信特約)

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