【発言】終始優位だったトランプ氏

国際政治学者・藤井厳喜氏

藤井厳喜氏
9日、ニューヨークで勝利宣言する共和党のトランプ氏(左、AP=共同)と敗北を表明する民主党のクリントン氏(ロイター=共同)

 米大統領選は共和党のトランプ氏が、民主党のクリントン氏を破る衝撃の結果となった。ほぼ全てのメディアや評論家がクリントン氏有利と伝える中、一貫してトランプ氏の勝利を予測していた国際政治学者の藤井厳喜氏は「大逆転ではない。トランプ氏は終始、優位に立っていた」と語った。

 ▽勉強不足

 ―予測の根拠は何だったのか。

 「正確な世論調査を見ていた。それに尽きる。世論調査といっても数は多い上にそれぞれ癖がある。ただ今回の米国のテレビネットワークや大手新聞の調査は、癖による誤差という範囲を超え“クリントン応援団”のようになっていた。私は情報操作とすら言えるレベルだと思っている」

 「世論調査は対象者の選び方、質問内容などを細かく分析する必要がある。例えば対象者はランダムに選ぶのか、全米の人種や所得構成を反映する集団を設定するのか、方法は固定電話か携帯かインターネットか、といったことで信頼度は変わる。ほかにも米大統領選ともなると相当数の投票動向の研究もある。そうしたものもチェックしないといけない。今回の結果を見て『意外だ』『驚いた』などと言っている“専門家”はその辺の勉強が足りないのでは」

 ▽印象の勝利

 ―トランプ氏は、選挙戦終盤のテレビ討論や女性蔑視発言で失速したように見えたが。

 「討論は私も努めて客観的に見たが、トランプ氏が勝っていた。肝心なのは何をもって勝ったとするか。両候補のコアな支持者は投票先は変えない。大事なのは中間にいる庶民がどういう印象を持ったかだ。1回目の討論の後、CNNはわずか500人程度を対象にした調査でクリントン氏が勝利と伝え、日本の大手マスコミもこぞってそれを引用した。逆の結果が出た調査も多くあり、米国にいる私の知人は『日本のマスコミは大丈夫ですか』と心配していた」

 「一方、女性蔑視発言は効いていた。私のみていた調査でもクリントン氏が逆転したものもあった。しかし直後の2回目のテレビ討論でトランプ氏は圧勝した。トランプ氏はビル・クリントン氏の過去のセクハラ問題やクリントン氏が国務長官時代に外国機関から金銭を受け取っていたとされるクリントン財団の疑惑などを攻撃。クリントン氏は顔が引きつっていた」

 ―そうした印象以外に米国民がトランプ氏を選んだ理由は何か。

 「英国が国民投票で欧州連合(EU)からの離脱を選んだことと共通する。この30~40年、ヒト、モノ、カネの移動を自由にしようというグローバリズムが進んだが、その負け組は先進国の中産階級。もうボーダーレスでなくボーダーを大切にして国民経済を立て直そうという考えが有権者にアピールした」

 ▽平和志向

 ―トランプ氏の外交政策を心配する声もあるが。

 「私はむしろクリントン氏が大統領になれば米ロが戦争になるのではと懸念していた。討論会でもクリントン氏の対ロ姿勢は非常に強硬だった。一方、トランプ氏は平和志向だ。彼の外交政策の第1の眼目は過激派イスラム国(IS)の殲滅で、地上軍派遣も辞さない立場。国家ならざる存在であるISを倒すためにロシアとは協力しプーチン大統領とも仲良くしようということだ」

 ―日本にとっては。

 「クリントン氏はロシアがハッキングをしていると主張したが、根拠はなかった。一方で本当にハッキングをしている中国については口をつぐんだ。『反ロ親中』で日本にとってはやりにくい大統領になっただろう。トランプ政権になれば在外米軍は引き気味になり、日本に防衛・安全保障面の負担を求めてくるだろう。ただし、日本が憲法9条を改正するとなったらトランプ氏は賛成するだろう。在日米軍の削減となれば対中国を念頭に力の真空状態をつくらないよう時間をかけてすればいい。そういう意味で前向きに対応すれば、いい交渉ができるのではないか」

 ▽歪んだレンズ

 ―トランプ氏には少数者に対する配慮が欠けるとの指摘もある。

 「トランプ氏の政策には結構リベラルな要素がある。経済面では財政出動をする方向のようだし、現政権の医療保険制度改革(オバマケア)は廃止するが国民皆保険のような制度は必要と言い、性的少数者(LGBT)についても人権は守ると言っている」

 「そういう政策は書いてもあるし、口でも言っている。日本にあまり伝わっていないのは、日本のマスコミがそれを読んでないからではないか。もちろん米国のマスコミにも問題があり、日本からだと2重に歪んだレンズを通す形になり実態が見えなかったのだろう」(聞き手 共同通信=松村圭)

 藤井厳喜氏 1952年東京生まれ。早大政治経済学部卒業。米クレアモント大大学院を経てハーバード大大学院で政治学博士課程を修了。現在は「ケンブリッジ・フォーキャスト・グループ」代表取締役。近著に「最強兵器としての地政学」。

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