建て替え「白紙撤回を」/知事「心外」発言が波紋/障害者が批判

【時代の正体取材班】殺傷事件の起きた相模原市緑区の障害者施設「津久井やまゆり園」の再建問題で、県が示した全面建て替えの方針に障害者団体や有識者から異議が相次いでいることに黒岩祐治知事が「非常に心外」と不快感を示した発言が波紋を広げている。  黒岩知事は施設や家族会の意向を踏まえた判断だと強調するが、10日に開催された公聴会では入所者の意向を丁寧に確認するよう促す意見が相次いだ。重度障害のある入所者の意向確認は困難との前提で方針の策定を進めた結果、障害者の権利を考える上で重要な「私たちのことを、私たち抜きに決めないで」という理念とのずれが浮き彫りになった格好だ。黒岩知事の発言を受け、県内の障害者団体代表は12日、「入所者にとって最も望ましい暮らしの在り方が何なのか、もっと議論することが必要だ」と語り、建て替え方針の白紙撤回をあらためて求めた。

 黒岩知事が不快感を示したのは、障害者団体や有識者から意見を聞いた公聴会翌日の11日。県の方針に異議が出ていることに「建て替えの判断そのものが間違っているのではないかと言われていることは、非常に心外です」と発言。判断の根拠は、やまゆり園の職員や家族会の意向にあると強調し、「事件直後に入所者と接したが、意思確認は非常に難しいと痛感した。地道にやっていかなければいけないとは思うが、本人の意思が確認できない場合は家族の意見を聞くのが次善の策」と判断の妥当性を主張した。

 県は当初から入所者本人の意向確認は困難とし、再建方針の判断材料にしないとの姿勢を貫いてきた。ところが10日の公聴会終了後、報道陣に対し小島誉寿福祉部長は年末年始に意向確認を実施していたことを明らかにした。「回答なし」「決められない」が合わせて6割に達したとする一方、より的確な意思確認の方法を検討する意向も示した。

 黒岩知事はこれに対しても「(再確認は)なかなか難しい」と打ち消す発言を行い、意向の再確認には否定的な考えを示した。

 こうした姿勢に疑問を呈するのは、公聴会で意見陳述を行ったNPO法人県障害者自立生活支援センター理事長で脳性まひの鈴木治郎さん(61)=海老名市在住。10日の公聴会でも「家族と本人の意向がイコールとは限らない」との意見が出たが、12日、神奈川新聞社の取材に「何よりも入所者本人の意向を確認することが大切。重度障害者の意向確認はできないとはなから思い込んでいないだろうか」と指摘。大規模施設を再建することに「障害者や家族を支える仕組みを地域でつくり、健常者と接することができる環境を整えることこそ、県が憲章でうたっている共生社会につながるのではないか」と話した。

 黒岩知事の11日の報道陣との一問一答と、それを受けた鈴木さんのコメントは以下の通り。

 −やまゆり園建て替えの基本構想を巡る10日の公聴会で障害者団体から建て替え自体に対する異論がかなり出た。その受け止めは。また、今後どう基本構想に生かすのか。

 「建て替えを決めたというのは、私としては非常に重い決断だというふうに自分で思っているんですね。建て替えをしなくて済むものなら、われわれとしては楽ですよね。費用負担も少なくて済むわけですから。しかし、あえて建て替えをしたいと言って、しかも相当初期の段階で、私自ら発言した。これはなぜか。やはり現場に真っ先に飛んでいった時に、あれだけの悲惨な現場で、血だらけの現場が残っている中で、必死にケアを続けている職員の姿に非常に私は心を打たれた。彼らの生の声を聞いたときに、今はいっぱいいっぱいで頑張っているが、このまま続けるのは無理ですと。きれいに掃除しても続ける自信はありませんと。そして家族会にも話を聞いたところ、何とかこの場所で建て替えてもらえないかということが示されました。そうした切実な思いを現場に行って受け止めたので、これはやはり早くすべきだということで決断した」 「大規模な改修工事か、建て替えか、もうこれしかないだろうということで、その場はお話をした。それが今、これだけ時間がたった中で、建て替え判断そのものが間違っているのではないかと言われていることは、私は非常に心外でありますね。確かに地域に開かれた施設に移行していこうというのが大きな国の流れ、これは十分承知しています。しかし、今回起きてしまった緊急事態ですね、これは早く修復しないといけない。現場の思いを受け止めて、私は大規模な建て替えという判断をした訳です。できる限り地域に開かれた、新しい形での施設の在り方を模索しながらつくっていこうと提案した中で、建て替えを勝手に決めたことが、何か間違っているかのように言われたことは、非常に心外です」 −公聴会を受けて、基本構想はどうアレンジしていくのか。

 「公聴会で出た意見を全部整理させてもらい、それをどう具体的に反映していくかは、これはわれわれは重大に受け止めて、しっかりと前向きな形を出していきたいと考えている。基本は安全安心な施設であること。それと、地域に開かれた形であること。これはうまくやらないと、逆になってしまう。安全安心のために高い塀をつくってしまって閉鎖的になって隔離されてしまうと、安全安心を守りやすいかもしれないが、それは違うだろうと。あえて事件が起きた後ではありますが、塀はなくすという、開かれた形が目に見える形にしたいということでいま意見の取りまとめの段階にきている。さらに充実した、みなさんの要望に合う形で、案を練り上げていきたいと思っています」 −公聴会での指摘の中で、入所者本人から意向を聞く努力をすべきではという意見が結構あった。うまく意思表示をできていない方に対して、あらためて本人から意思を聞くことは考えているか。

 「私も事件直後に現場に行って、入所者の方に接することができました。しかし、現実というものを見た時に、意思を確認する作業は非常に難しい作業だなと痛感せざるを得なかった。こういうことは地道にやっていかないといけないとは思うが、基本的には本人に直接うかがえなかった場合には、本人の意向を一番受けている家族の方から意見をうかがうのが次善の策。家族のみなさんがこの場で早く再開してほしい、全面建て替えの上で再開してほしいということだったから、それがおそらく入所者の意見になるんだろうなと受け止めているところですね」 −あらためて意向確認することは考えていないか。

 「そうですね。それはなかなか難しいと思いますね」 −公聴会で、言葉で難しくてもグループホームを体験したりして意向を確認している先進例も紹介されていた。そういったやり方で県として確認するということも含めて考えていないということか。

 「現時点では考えていない。非常に難しい作業だと思います。家族が表明されている意見は基本的に入所者の思いを受け止めて発言されているとわれわれは解釈していますから。まさか入所者のみなさんは違うことを考えていて、家族は全く違うことを言っているとは思いたくないですよね」鈴木さんの主な発言は次の通り。

 県の議論は拙速。現在地での全面建て替え方針を撤回してほしい。あの場所にまた施設を造るのか、県内に分散させるのか。いろいろな意見があると思うが、入所者にとって最も望ましい暮らしの在り方が何なのか、もっと議論することが必要だ。指定管理者である「かながわ共同会」や家族会の意向だけではなく、県内の障害者団体などの意見も踏まえて神奈川らしい福祉の在り方を考えていくべきだ。多額の公費が使われるのだから。

 何よりも入所者本人の意向を確認することが大切だ。殺傷事件があった場所に住みたい人がいるだろうか。重度の知的障害者なら「事件があった場所」だとは分からないと思っていないか。重度障害者の意向確認はできないとはなから思い込んでいないだろうか。自分から望んで施設に入った人はいない。地域で暮らしてみたいという人がいても今のままでは選択肢がない。

 あの事件に屈しないために今の場所で建て替えると県はいっているが、それは違うと思う。なるべく地域のグループホームやアパートなどで暮らせるように障害者や家族を支える仕組みを地域でつくり、健常者と接することができる環境を整えることこそ事件に屈しないということだ。それこそ県が憲章でうたっている共生社会につながるのではないか。

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