【発言】過労社会見つめ30年 高橋まつりさん遺族代理人の川人氏

高橋まつりさん遺族代理人の川人博弁護士
電通本社ビル=東京都港区
シンポジウムで涙ぐむ高橋まつりさんの母幸美さん=昨年11月

 電通の新入社員だった高橋まつりさん=当時(24)=が過労自殺した問題。1月20日、会社が遺族に謝罪して解決金を支払い、再発防止策に取り組むことで双方合意した。希望を抱き入社した若い世代が過重労働のため、心をむしばまれ命を絶つ。どうすれば新たな犠牲を減らせるのか。遺族代理人を務めた川人博弁護士に、今後の課題やIT化が進む職場の在り方について聞いた。川人氏は、今年設立30年目を迎えた電話相談「過労死110番」の当初メンバーで、長年過労死・労災問題に取り組んできた。(聞き手 共同通信=柴田友明)

 ▽四半世紀の総括

 ―先月の合意では、電通の管理職向け研修に川人さんと高橋さんの母幸美さんが参加することも盛り込まれた。どういうスタンスで臨むか。

 「電通にとってはトップが辞任、創業以来の激震となった。そういうことを招いた背景について話したい。1991年にも入社2年目、24歳の男性社員が自殺した。最高裁は2000年、過労自殺として初めて会社の責任を認めている。ほかにも2013年に30歳で亡くなり労災認定された件がある。四半世紀にわたる会社の対応が問われている。これまでの過労死をめぐる歴史的総括、反省から出発すべきだ。改善の柱を明確に示したい」

 ―最高裁で電通の責任がはっきり示されたのに、なぜ改まらなかった。

 「さすがに社会的批判を浴びて電通に危機感はあった。社員の入退館時間を記録するゲートを設置した。しかし、一応こういうことをやっていますという回避策に過ぎなかった。動機がゆがんでいるから、体質は元に戻り、さらに長時間労働の流れが加速した。端的に言えば、会社全体としての意志が弱かった」

 ▽世代、死因の変化

 ―1990年に三井物産の課長だった男性=当時(47)=の遺族が過労死の労災申請をした。10カ月で100日を超える海外出張を経て、国内の出張先で倒れ亡くなった。申請自体が反響を呼ぶ時代で、過労死という言葉が広く世の中に浸透した。川人さんは遺族代理人を務めていた。

 「三井物産の件は、当時としては本当にまれなケースでした。会社や取引先の関係者が全面的に協力してくれ、支援の輪が広がったことが大きく、認定につながった。過労死110番への相談は80年代後半では、40、50代が多かった。(先に述べた)91年の電通社員が亡くなった当時も過労自殺というのは、まだ日本では大きなテーマとまで言えなかった。ですが、90年代後半から110番への自殺相談が急激に増えた。20、30代のケースも際立つようになった。2000年の最高裁判決の時にはすでに社会問題になっていた。過労死の死亡原因、対象の世代が変わり、電通もそういう状況を認識していたはずだ」

 ―今や20、30代が心の病となり、自殺に至るケースが目立つ。SNSなどで、自らを責め、苦しい心境をつづっている。高橋さんもそうでした。多くの人が胸詰まる思いでその内容を見た。

 「うつ病に陥ると、自分が悪いかのような心境、過度の自責の念にとらわれる。最近は、多くの人が最後に家族におわびの言葉を残している。家族に悪いと思うなら、なぜ死ぬのかと思うかもしれませんが、症状が進めば、視野が狭まり合理的な選択ができなくなる。SNSに書き込んだ内容に(周辺の人が)気付き、未然に防いだケースもありますが、全てがそうではない。ほかの人からSNSを通じて励まされても根本的な解決にならない」

 ▽活動の原点

 ―高橋さんは電通のネット広告を担当する部署に配属されていた。サービス業を中心にデジタルやIT化が飛躍的に進み、労働の密度が濃いものになってきた。一方で、車の自動運転など人工知能(AI)の開発など安全面も研究されている。

 「バランスの問題だと思います。例えば、現金自動預払機(ATM)のトラブルに備えて24時間対応で深夜勤務する人もいる。震災など想定してあらゆる状況に対応しようとすると、管理やメンテナンスする人の負担はすごく大きく、働く環境はどんどん悪くなる。技術の進展と効率性に目を向けるだけでなく、実際に人の生活がどうなるのかが重要。働く人の健康が確保されなければ、結局はうまくいかない」

 ―川人さんは弁護士としての活動だけでなく、母校の東大で25年間、「法と社会と人権」ゼミの講師を務め、学生のフィールドワークを重視してきた。弁護士、教育者としての活動の原点は。

 「私が入学した1968年ごろは、世界中で学生運動が高まり、東大もそうでした。社会の重要な出来事や事件はキャンパスの外で起きていた。教室の中だけで活字を読み、議論することは限界があると強く思ってきた。さまざまな現場があることを知ること。そこでしか本物の学問、本物の法律家も生まれない。そういう考えを持ち、学生と接しています」

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