敵地・大宮のサポーターをも魅了した左足

磐田・中村俊輔が見せる妙技

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大宮―磐田 前半、先制のFKを決め、祝福される磐田・中村俊(右から2人目)=NACK5

 サッカー経験を持つ多くの人が抱くであろう、甘美な響きがある。「レフティ」という言葉だ。世界のサッカー史を振り返っても、圧倒的テクニックを誇った選手には左利きが多い。数としては多い右利きの選手は、だからこそ華麗なテクニシャンのイメージが重なるレフティの選手に憧れを抱くのだろう。

 「魔術師」といわれたブラジルのリベリーノ。「芸術家」と呼ばれた旧西ドイツのオベラート。彼らの形容の前には必ず「左利きの」という言葉がつく。そして、アルゼンチンの天才マラドーナとその系譜を現在に受け継ぐメッシ。右利きの名手たちが局面によって左足も頼るのに比べ、彼らは右足を使うことは稀だ。かたくななまでに左足1本でのプレーにこだわる傾向が強い。

 左利きと右利きとの違い。脳科学的には左利きは右脳、右利きは左脳が支配するらしい。そして、右脳は感性などの芸術性をつかさどり、左脳は言語や論理性。だから左利きの選手は創造性豊かなプレーヤーが多いという説もある。ただ、間違いなくいえるのは、日常のなかで圧倒的に右利きの選手と対戦する機会の多い選手は、動きが逆となる左利きの選手には慣れていないのが事実だ。だから対応が遅れるということがあるのではないだろうか。

 日本を代表するレフティといって、誰もが思い浮かべるのが中村俊輔だろう。今シーズンオフに、J1横浜Mから鳴り物入りでJ1磐田に移籍したゲームの創造者。チームの戦力としての評価はもちろんだが、その存在だけで観客を集められるJリーグでも稀なプレーヤーだ。

 日本の特別な日、3月11日に行われたJ1第3節。大宮のホームNACK5スタジアムで行われた一戦のチケットは売り切れだった。それは2連敗中の大宮のサポーターが、自チームの初勝利を見届けたいと願ったこと。加えて、敵ながら磐田の「背番号10」のプレーにも期待を抱いていたからだろう。

 大宮側からすれば少し複雑だろうが、臨まない方の期待はすぐに現実となった。開始5分、磐田のムサエフの突進がゴール前でつぶされたファウル。ゴール正面やや左、18メートルの位置にボールがセットされたとき、期待感は敵味方関係なかったはずだ。これは日本代表の試合では得られない感覚だ。

 FKのキッカーのポジションに入ったのは左利きの中村と、右利きの太田吉彰。スタジアムの誰一人、太田が蹴るとは思っていないのだが、このことは中村がゴールを守るGK加藤順大の反射速度を観察する大事な布石となった。

 中村が当初狙っていたのは、キッカーから見て大宮の選手がニアサイドを切って壁を築いているゴール左上。しかし、「ヨシ(太田)に(ボールを)またいでもらって(GKの)反応がすごくよかった」。だから、狙いを変えた。壁の上を巻いて落とす弾道はボールのスピードが落ちる。それでは加藤が反応する可能性が高い。急きょ、ゴール右隅を速いボールで狙うキックを選択したのだ。

 大宮の壁は6枚。そこに磐田の2選手が割り込もうとした。しかし、壁に入れたのは右から2人目のアダイウトンだけ。「あんまり低いと壁(の右端の大宮・大山啓輔に)当たっちゃうから、それを越すように」。左足から放たれたボールは、リバウンドを狙って反転したアダイウトンの空けた穴を通ってゴール右隅に。直接FKでJ1歴代最多を更新する23本目のゴールは、磐田にとっても今季チーム初得点になった。

 味方の空けた壁の穴を通すFK。ワールドカップ(W杯)ではこれと同じ伝説のゴールがある。1974年に当時の西ドイツで開催された大会で、先述のリベリーノがジャイルジーニョの倒れ込んだ隙間を打ち抜いた東ドイツ戦での決勝点だ。ブラジル代表の後輩でもあるロナウジーニョの得意技として、後に日本でも有名になったフェイント「エラシコ」(ポルトガル語で輪ゴムの意)の名手は、後に清水の指揮を執ったあの人だ。

 大宮戦に戻ると、中村が見せた妙技は得意のFKばかりではない。名波浩監督が「昨年は4本しかなかった」と欠乏を嘆いたスルーパス。これも中村の代名詞だ。前半10分には通常なら右足インサイドで出す体勢から、この場面でも左足で出すこだわり。左足アウトサイドで太田を走らせ、バー直撃のチャンスを作った。

 さらに前半22分には、左サイドからアダイウトンに完璧なクロス。アダイウトンのボレーはGK加藤の超ファインセーブに防がれたが、立ちはだかるDFを避けるように曲がる左足のピンポイントのキックは、誰をも魅了する軌道を描いた。

 2―1で磐田が勝利した試合を見て思ったのはサッカーの楽しみ方だ。このスポーツはチーム全体の機能美を楽しむ一方で、個人の芸術性を堪能することもできる。ただ、そのために不可欠なのは「名手」といわれる存在。各チームにそのような選手がいたら、Jリーグはさらに楽しい。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続となる。

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