【シールズ琉球-これまで/これから-】(中)ウチナーンチュ連帯を 同世代のつながりに意欲

 安全保障関連法に反対する活動を展開し注目された若者グループ「シールズ」が昨年解散する中、沖縄県内で活動をする「シールズ琉球」は解散をせず、活動を継続している。東村高江周辺のヘリパッド建設や辺野古の新基地建設など沖縄を取り巻く現状を踏まえ、これまでの取り組みや今後の活動についてどう考えるか。3人のメンバーに寄稿してもらった。
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 「辺野古を守れ! 高江を守れ! 新基地建設反対! 勝手に決めるな!」

 ラップ調のコールで自分たちの意志を表現すること。異常だと感じていることを示さずにはいられない、同世代の人たちともっと共有したい、そういう気持ちだった。

 シールズ琉球が立ち上がるころ、私は大学に通うため関西にいた。結局、シールズ関西とシールズ琉球の両方に関わらせてもらうことになった。参加していくうちに、二つのシールズの違いは明らかになってきた。関西も琉球も安保法案に反対という点では共通していたが、沖縄の場合は米軍基地がある、辺野古や高江で軍事強化が強行されている、という状況が長年続いてきている。

 これらの点は関西と沖縄のシールズを全然違うものにした。例えば、コール。「平和を守れ!」「憲法守れ!」と関西ではコールした。私自身最初は特に考えることなく一緒になってコールしていた。しかし次第に、無意識だった自分に気づき、「平和を守れ!」とはいえなくなっていた。

 昨年8月に東京や関西のシールズが解散となったとき、琉球のメンバーの多くが戸惑った。今沖縄がこんな状況なのに解散できない、と。結局、活動継続を決めたあとに何かしらのアクションができたわけではないが、メンバーそれぞれ考えることをやめなかった。一つの決断を慎重に扱っていた。

 シールズ琉球とシールズ関西での活動は主に街宣や会員制交流サイト(SNS)での発信、勉強会等があった。私は、両地での街宣に数回参加した。沖縄の置かれている現状に対する危機感を共有したい一心で、個人的にもSNSなどを使って文章や歌、動画を発信していた。米軍基地のことや日本政府の腐敗などに対する危機感を前に、どうにかしないと、と思うばかりで、その時の自分にとってはそれらのことがこの社会で最も重要なことに感じていたのも事実だった。沖縄の若者も反対してるんだ!と表現するのに必死だった。

 でもSNSだけの発信では、その気持ちを伝えたい友達、本当に共有したい人に伝えられてないということを痛感した。

 また、ひとつのグループとしての活動が停滞しつつあるときには、ここ2、3年を通して、学生有志団体「ゆんたくるー」やシールズ琉球という個々の集まりとして活動を続ける難しさを考えたこともあった。グループメンバー同士何度も話した。

 裁判や選挙など、「今ここ!」という時に、1人よりも同じ気持ちを持った人同士集まって力を合わせたほうが社会へのインパクトを与えると思う。しかし、急速に変化していく政治というものと向き合うことはそう簡単ではなかった。団体は社会的にインパクトを与える。しかしそのインパクトを継続したり、活動を実のあるものにしたりしていくには個々人の草の根の行動が欠かせない、ということを学んだ。

 沖縄と関西のシールズでの関わりから確信できたことは、土地が違う、日常が違う、社会が違うということから、違う言葉を使う必要があるということだった。また、つながりの近さが大きく異なることから、主張の仕方も変えていく必要さを感じた。

 今の沖縄の現状をどう感じるか?と問われれば、私自身はとても深刻だと感じる。辺野古関連の訴訟のことや、オスプレイ事故、県外からの機動隊投入、強行的な工事、抗議活動の自由の制限、日本の同化政策、土地の私有化、観光地化、貧困問題、格差、沖縄県全体の軍事力強化、気持ちの重くなることばかりだ。うやふぁーふじ(ご先祖さま)や、命の海、山、川とのつながりがないがしろにされる。対立させられる市民、怒りや悲しみの原因はそこにある。しかし、それ以上に、それらを受け止めて乗り越えていく力が沖縄社会にあると信じている。

 しまくとぅば継承活動も目に見えるように盛んになってきている。海外のウチナーンチュとのつながりも強い。分断されそうにある状況を繋(つな)ぎとめようと、いろんな人たちがいろんな方法で取り組んでいる。敵とか軍事力の強化・抑止力とか、一見強そうに見える言葉たちも実際はもろい。肝心(ちむぐくる)のあるつながりこそ私たちが生きていく上で必要なことだと身をもって感じる。

 これからは、沖縄県内外、海外のウチナーンチュで広いつながりをより意識し、肝心パワー全開で、土地や言語、歴史や文化、大切にしたい足元となる部分を守っていけるように行動していきたい。基地問題や政治のことについても、同世代ともっとオープンに意見を交わせる場を作り、主張が異なろうとつながりを大切にしたいと思う。

 空は鳥たち、空の生き物が飛ぶところ、海は魚や貝、サンゴ、海の生き物が住むところ、この自然の世界が当たり前になってほしい。

 最後に、最近作ったラップの一部で締めたい。

 「わったーシマはどこに行く?

 絶対あきらめない! それがわったーの生きる力

 私たちは生きる! 歌って踊る! みんなで話す! 助け合う!」

(2017年3月16日付沖縄タイムス文化面から転載)

 

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画像辺野古代執行・係争委不服訴訟の事前集会で辺野古新基地建設を止めようと訴えるシールズ琉球の平良美乃さん(左)=2016年2月29日、那覇市楚辺・城岳公園

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