「宗麟の海」を訪ねて㉛ 豊前松山城 

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主郭跡や石段が残る豊前松山城=福岡県苅田町

 海上に突き出た北九州空港近くの松山(福岡県苅田町、標高128メートル)。かつては山頂に豊前松山城が築かれ、周防灘に面した天然の要塞(ようさい)だった。

 朝廷に対して反乱を起こした藤原広嗣が官軍を防ぐため、740年に築いたとされる。16世紀前半になると、周防・大内氏の重臣杉氏が豊前を治める拠点とし、北部九州の制圧を目指す大友氏と争った。大内氏の滅亡後は、大友氏と毛利氏が激しい争奪戦を繰り広げた。

 山頂までは傾斜のきつい階段を上って約20分。一段高くなった主郭(しゅかく)跡や石段などが残る。天気がよい日には、国東半島や山陽小野田市(山口県)まで望める。 

小説では

 1561年11月の門司城での攻防で勝利した毛利氏。勢いに乗って豊前の松山城と香春岳城(福岡県香春町)を手に入れ、大友氏の領国に深々とくさびを打ち込んだ。

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