【リポート】記者日記

「トランプノミクス」に試練(上)

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不公正貿易の是正に向けた大統領令について説明するトランプ米大統領=3月31日、ワシントン(AP=共同)
米国東部メリーランド州ボルティモアの治安が良くないとされる地域。相次ぐ銃の発砲事件も問題化しており、子どもが夜間に単独で外出するのを禁止されている=2014年12月30日、筆者撮影

 「ドナルド・トランプ氏を大統領に!ドナルド・トランプ氏を大統領に!」。米国大統領選挙まで半年余りを残していたニューヨーク支局駐在中の昨年4月、出張先の南部フロリダ州の大都市マイアミで乗り込んだ新交通システム「メトロムーバー」の車中で、おそらく換金目的のためにペットボトルを詰め込んだ袋を抱えた路上生活者(ホームレス)風の男性が連呼する言葉に耳を疑った。周囲の乗客が苦虫をかみつぶしたような顔をしている中で、私は「あの『不動産・カジノ成り金』こそあなたが苦しんでいる格差社会の象徴なのに、なぜ応援するのか?」というせりふが口をついて出そうになった。

 ▽強欲

 トランプ氏が大統領選挙後に年収を唯一公表した2005年の収入は、実に1億5千万ドル(1ドル=110円で165億円)以上だった。また、米国の経済誌「フォーブス」の2017年版世界長者番付によると、同氏の資産は35億ドル(同3850億円)で544位となった。

 同じ億万長者でも、資産860億ドルで4年連続の首位だった米国IT大手マイクロソフトの創業者ビル・ゲイツ氏は巨額の寄付を重ねて社会貢献活動にいそしんでおり、格差社会のしわ寄せを受けた層にも救いの手を差し伸べている。

 しかし、「私は人生を通して強欲、強欲、強欲を貫いていた」とテレビ番組で胸を張るトランプ氏には米国民からも「守銭奴そのものだ」と唾棄する向きがあり、ゲイツ氏のような崇高な精神は望むべくもない。

 いわば格差社会の「成り上がり者」の象徴であるトランプ氏は念願の大統領に就いたものの、米メディア大手ギャラップが今年3月24~26日に実施した世論調査で同氏の支持率は36%にとどまる不人気ぶりだ。

 反トランプデモが大々的に繰り広げられてきた「分裂」した病める大国、米国の一歩先は、「トランプノミクス」と呼ばれる経済政策により、経済格差が解消するどころか一段と深刻化するのではないかと筆者は懸念している。

 ▽落とし穴

 「アメリカファースト(米国第一主義)」を掲げるトランプ政権は米国での生産と雇用拡大を促すために、米国から輸出する企業の法人税を軽くし、輸入企業は増税する「国境税」の導入を検討している。

 一見すると、米国生産による雇用拡大で所得の底上げにつながるように映るが、ここには経済格差を一段と助長させかねない三つの「落とし穴」が潜んでいる。

 一つはトランプ氏が危機感をあおって保護主義的な政策にかじを切ろうとしているのとは対照的に、カナダ、メキシコと結んでいる北米自由貿易協定(NAFTA)を含めた自由貿易政策を進めてきたバラク・オバマ前政権下の“果実”を米国の労働市場は謳歌(おうか)して「完全雇用」を達成しているとの認識がエコノミストの間で共有されているという事実だ。

 米国労働省によると、今年3月の失業率は前月より0.2ポイント低い4.5%となり、2007年5月(4.4%)以来、9年10カ月ぶりの低水準となった。第一生命経済研究所の桂畑誠治主任エコノミストは「自然失業率の4.8%を下回っており、完全雇用の状況を達成し、経済成長も潜在成長率の1.7~1.8%を上回っていることから良好と言える」と指摘する。

 その効果をもたらしたのが、他国より競争力が比較的優位にある商品の生産に特化し、競争力が劣る物品は輸入する国際分業の仕組み「比較優位の原理」だ。この原理にのっとってオバマ前政権が自由貿易の旗振り役を務めた結果、米国全体として見れば完全雇用を達成し、景気が08年のリーマン・ショックのどん底から「V字回復」を果たした。

 ▽負担増

 しかし、米国経済が好況期にあるという事実を無視したトランプ政権が「国境税」の導入を強行すれば、二つめの「落とし穴」が待ち受ける。小売店などで売られている海外製品は「国境税」による増税により、価格に転嫁するための値上げは不可避となり、格差社会に苦しむ低所得者の負担増大につながりかねないからだ。

 というのも、低所得者がもっぱら足を運ぶのは1ドル(同110円)の商品を中心に取り扱う「ダラーショップ」といった安売り小売店や、「エブリデイロープライス(毎日お買い得)」政策の小売業世界最大手ウォルマート・ストアーズの店舗などであり、そうした店舗の売り場の“主役”となっているのは、安い人件費を生かしてコストを抑えた中国やメキシコなどからの輸入品ばかりだ。

 実際、カジュアル衣料店「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングの柳井正会長兼社長は今年3月29日のインタビューで、米国生産を強要するようなトランプ政権の動きを「誰が考えても米国の消費者のためにならない」と喝破している。

 代わりに人件費などのコストが高い米国で生産しても「顧客にメリットがあるコストではつくれない」(柳井氏)のは自明の理である上、友人の米国人も「『メードインジャパン(日本製)』は価格が高くても品質が良いので競争力があるが、『メードインUSA(米国製)』は必ずしも技術力が高いわけではなく、勤勉な労働者ばかりではないので品質が良いとは限らない」と認める。

 そんな割高な上に、品質が追い付かない米国製品に国際競争力があるのだろうか? そしてトランプノミクスには、格差社会を一段と深刻化させかねないもう一つの「落とし穴」も潜んでいる。=続く

(共同通信=経済部・大塚圭一郎)

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