特別寄稿=ブラジル政界に大激震!=容疑者リストに大物ずらり=ラヴァ・ジャットでピカピカに?=聖市在住  駒形 秀雄

図表

 カーニバルの空騒ぎも済んで、さあ、これでまともな市民生活が始まるかと思っていたら、先週末ブラジル政界の主要幹部を網羅する汚職容疑者のリストが公開されて、政界に激震が走りました。
 この震源となったリストと云うのは、ブラジル土建業(ゼネコン)最大手オデブレヒト(ORDEBRECHT)社から、公共工事の受注がらみで巨額の賄賂を受け取っていたとされる人達の名簿のことなのです。
 リストに挙げられている人たちが、大統領経験者、現職の大臣、国会の現・前議長などを含むこの国の政治を取り仕切って来ている面々なので、政界はじめ、国中が大騒ぎになったのです。
 このリストの内容は検察庁からの要請をうけた最高裁判所でチェックされ、その認可を受けて4月12日公開されたのです。
 しかも、汚職の内容を詳述した証言ビデオ映像がついており、「何だ、業者と政党はこんな鉄面皮のことをやっていたのか!」と国民に衝撃を与えました。
 同じニュースを知った議会の先生方も大慌てで、尻に火がついて緊急対応策の協議や情報収集に走り回りました。そのせいか、リスト発表翌日の議場は誰も議員が来ず開店休業になりました。年金法、労働法など重要法案の審議は後回しになった訳ですね。

オデブレヒト社のサイト

 土建業者から政治家には何とかミリオン(何十億円)の金が渡ったといわれます。このお金は、もとはと言えばあなたや私達が払ったお金なのです。図式で表せばこうなります。

「国民」(納税)→「政府/公社」(工事発注)→「ゼネコン業者」(利権料・献金)→政治家

 私達のお金がどう流れていって、どう活用されているのか。以下、皆さんと一緒に調べてみましょう。

▼オデブレヒトとファキン判事

 今回のリストの作成元になったオデブレヒト(ODEBRECHT)社は元々、ドイツ系移民が始めた会社で、バイア州を本拠とした建設業者でした。

奥アマゾンのサントアントニオ・ダム

 その後、ブラジルの発展とともに業容を拡大発展させ、現在では大型公共工事などを扱うゼネコンとして中南米一の大企業グループです。
 同じグループの中のブラスケン(BRASKEM)社はブラジル石油化学の大半を抑えるこれまたトップの企業です。
 このオデブレヒト社(以下オーデブ)グループが、今回のペトロブラス関連の不正摘発案件(LAVA JATO)で、今までの方針を転換し、会社全体として「自分達のやったことを隠さず正直に申し述べる」ことにしたのです。
 何故そうしたか? 内実は知る由もありませんが、たぶん、次のような想像がわいてきます。
★「人をだましてはいけない。悪いことはするな」という日本の修身の様な事を考えたか?
★社内に『特別コミッション』(PROPINA)部まで設けて、社長以下この裏取引にからんできたが、余りに『ウラ』の話が大きくなり、コントロールが利かなくなった。
★ウラ取り引きの世界に、社会正義の声や司法の手が入るようになり、ウラ工作に依存する手法では会社が成り立たなくなる。
―などを考えたのかも知れません。
 オデブ社の事業全般を取り仕切って来たマルセロ社長が、この件で逮捕、収監されるに及んで、前社長であり、父親でもあるエミリオ会長が「全部正直に申し述べて、司法の手にゆだねよう」とデラソン・プレミアーダ(報奨付供述、死闘取引証言)を決めたとも言われています。
 このデラソンは、司法当局との間で話し合いし、容疑者は不正、違法などの行為を有りのまま供述、告白する。裁判所はその対価(ごほうび)として、刑の減免などの恩典を与えるという「司法取引制度」です。
 今回、オーデブ社は会長以下77人がこれに参加し、裁判所の認可を受けています。TVなどで流されたこのデラソン供述の内容は生々しく、迫力があり、これを見ていた人達に「成るほど、そうなんだ」という印象を与えました。
 そして、このリスト、映像の公開などを許可したのが、最高裁で本件を担当するファキン判事なのです。だから、この政界の要人の名がでてくる一連の内容、リストなどが『ファキンのリスト』(LISTA DE FACHIN)と呼ばれています。

▼違法行為の内容と違反者

 リストには100人以上の人達の名前が挙げられているので、ここでは全員を紹介し切れません。別表で分かる通り、今までこの国の政治を動かしてきた人達の多くが名を連ねています。
 今まで反対党の悪行を盛んに攻撃して来て、〃正義の味方〃と思われて来た人が、実は自分も同じ違法なお金を受け取っていたり、次期大統領選挙(2018年)の有力候補とされるが裁判所の裁定次第では候補失格とされそうな人などが出てきて、「何だ、あんたもか!」と国民にショックを与えています。
 指摘されている容疑については、今までのラヴァ・ジャット案件と同じく、
★「贈収賄」(契約額の一定%を口利き料として取る)
★「虚偽の書類、声明の作成」
★「資金洗浄」(裏で受け取った金の操作)
★「詐欺行為・カルテルの結成」(工事の談合)
―などが挙げられています。
 それで、どれだけのお金がこの件(ファキンのリスト)で動いたか?
 詳しくはよく分かりませんが、大体契約額の0・5%から5%が政治家に支払われていたとされ、一説ではこの件だけで2億レアル(約70億円)位だとされています。奥アマゾン地方のマデイラ河に建設されたサントアントニオ発電所関連では8千万レアル(30億円?)の金が動いたと言われています。
 政党や政治家は「OO選挙用に寄付」と言ったりして金を求めましたが、オーデブ社側としては、契約に伴うコミッションと理解して見返りに見合う金額で決めていました。当然ですね。
 ただし、中には建設現場でストライキをやらせない様に、労組を基盤とする政党に『寄付』したり、建設現場の州や市の有力者に「邪魔」をしないように挨拶料を払ったり、種々の配慮があったようです。

▼正が勝つか? 邪が勝つか?

 不正の金を受け取った方は多くが「そんな供述はウソだ。不正などない。わしの選挙費用は選挙管理委員会にチャンと報告し承認を受けている」「金を払ったというが証拠はあるのか? 証拠もなしに人を罪人呼ばわりするな」と反論するなど、過去にも何回か聞いてきたような口調で行為を否定しています。
 しかし、デラソンで供述しているオーデブ社の幹部も、永年実業界で働いて来た人達で、その言葉には迫力があり、真実性が感じられます。
 どちらが本当のことを言っているのでしょうか? 警察はこれからこの事件の証拠固めに入ると思われますが、相手の事務所への出入り記録、飛行機、ホテルなどの利用記録、勿論IT機器の記録などを調べることでしょう。容疑者と検察の知恵比べになりそうです。
 不正資金を受けたとされる政治家側にはこんな言い分もあります。
★「人に便宜を図って貰い、それで助かったら、有り難うとお礼をする、これが人情だ。何かを得たら、それにお礼をする、これは昔からのブラジル社会の慣行(良風)なんだ」
★「規制がどうであろうと、メリットを得た業者は政治家にお金を払う。そして事業は推進される。細かいことに目くじら立てて理屈をいうが、そんな青臭い理屈だけでは世の中は動かんのだ。そこを政治家が動かしているんだ」
―などです。そんな議論になれている政治家に、とうとうとまくし立てられると「なるほど、それもそうかな?」と云う気もしてきます。
 一方、正義の味方を信ずる人達は言います。「たまたま得た権限や役職をカサに、公の金を毟り取るような奴は許せぬ。自分や自派の利益ばかり考え、額に汗して一生懸命働いている庶民のためを思わぬ奴はダメだ。そんな奴は死刑にすればいいんだ」と。どうでしょう、こっちの言い分は?
 この両者の言い分、どちらの勢力が勝って、これからのブラジルを運営する理念となっていくのでしょう? 興味深いところですが、正か邪か、の理念の他に幾つか考えなくては?いけない点があります。
 その一つに『時間の問題』があります。この件の捜査はこれから警察、検察が行い、それを元に起訴がなされ、それから裁判所で審議、裁定を下すことになります。
 最高裁判所の審議では、今回のリストだけで100人近い被告候補がいます。一方、これを審査、裁定する最高裁の判事は全部入れて11人。しかも、最高裁は憲法問題など大きな事案を審議裁定するようになっており、一般の刑事裁判などを審査することになれていません。
 一体、いつ、判決が出て、本当に悪いことをした政治家に断罪が下されるのでしょうか? 検察から最高裁に一件が送付されるまで、3カ月は掛かるでしょう。
 1年以内に全容が解明され、判決が出されないと、それまで今の議員先生は無傷、無事来年の任期満了を迎えられることになります。
 最高裁判所では実務担当のスタッフを増やすとは言ってますが、審議などは慎重に厳正にやるでしょうから、このタイムリミットが心配ですね。
 ラヴァ・ジャット洗浄で古いアカを一掃し、ピカピカの新生ブラジルが誕生するか?
 あるいは、政治家が勝って『皆が貰えば怖くない』と開き直り、昔からの慣行尊重の政治、制度で行くか? 元のお金(税金)を出している皆様はどうお考えになりますか? (komagata@uol.com.br)

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