【黄金世代】第1回・小野伸二「なぜ私たちはこのファンタジスタに魅了されるのか」(♯1)

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 いまから18年前、金字塔は遠いナイジェリアの地で打ち立てられた。

 1999年のワールドユースで世界2位に輝いたU-20日本代表。チーム結成当初から黄金世代と謳われ、のちに時代の寵児となった若武者たちだ。ファンの誰もが、日本サッカーの近未来に明るい展望を描いた。

 後にも先にもない強烈な個の集団は、いかにして形成され、互いを刺激し合い、大きなうねりとなっていったのか。そしてその現象はそれぞれのサッカー人生に、どんな光と影をもたらしたのか。

 アラフォーとなった歴戦の勇者たちを、一人ひとり訪ね歩くインタビューシリーズ『黄金は色褪せない』。栄えある第1回の登場者は、この男をおいてほかにいない。沈まない太陽、小野伸二。まだ肌寒さの残る札幌へ、“光”を浴びにいった。

【小野伸二PHOTO】波瀾万丈のキャリアを厳選フォトで

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「あなたは、小野伸二が好きですか?」

 日本中のサッカーファンにこう問いかけたら、いったい何割の方がイエスと答えるだろう。わたしは初めて出会った20年前からずっと、このファンタジスタの虜である。

 この世でサッカーと巡り合えた喜びを、突出した技巧と圧倒的なプレゼンスで表現し、観る者のハートを掴んで離さない。浦和レッズでプロキャリアをスタートさせ、フェイエノールト、再びレッズ、そしてボーフム、清水エスパルス、ウェスタン・シドニーを経て、現在は北海道コンサドーレ札幌に籍を置いている。人懐っこいキャラクターと紳士的な振る舞いは、いずれの地のサポーターからも愛された。

 なぜファンはみな、小野伸二に魅了されるのか。そのまんまの質問をぶつけてみると、至宝はにっこりと笑い、こう答えた。

「サッカーはやってるだけでも楽しいんだけど、やっぱり観てくれてるひとがいるとテンションが上がる。そんな僕のプレーを観て、サッカーって楽しいなって感じてほしいんです。『あっ』とか『おっ』って声が聞こえてくると、たまらないから。

 なんですかね、若い頃からこの感覚は変わらないし、もはや欲求に近いのかもしれない。ただ、そこは善し悪し。やり過ぎると訳が分からなくなって『なにやってんだ!』ってことにもなるから。リスクはある(笑)」

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 1979年9月27日生まれ。37歳になった。年齢とともにサッカー観やプレースタイルに変化はあったのだろうか。

「どうですかね。昔からあまりばんばん動いてボールをもらうタイプではなかったし、いい場所でボールをもらって、さばいてって感覚。そこが自分らしさだし、ずっと変わらない。ただ、リスクを冒すようなパスは少し減ったかな。海外に行ったあとくらいから」

 小野自身はなにも変わっていない。一方でサッカーそのものが変わった、難しくなってきたとは感じているようだ。

「例えば攻撃とか、僕はみんなでイメージを共有してゴールに向かっていきたい。そのなかでここはワンタッチ、いやツータッチだとか、アイデアを出し合いながらね。ゴールデンエイジと言われたメンバーでプレーしたときは、みんなが同じ意図を持ってやれてた。ああなるとサッカーってやっぱり楽しい。じゃあいまはそれがあるのかと訊かれたら、また違うかなと。

 技術は上がってるけど、頭を使うってところで、違う方向に行ってるような気がしなくもない。でも、そこは僕が上手く合わせていかなきゃいけない。チームのなかで試合に出るために、なにをするべきかが大事なわけだから」

 今季の札幌は、5年ぶりにJ1の舞台で戦っている。

 小野は昨季終盤から長期離脱を余儀なくされていたが、4月2日のヴァンフォーレ甲府戦で久々に実戦復帰を果たした。終盤の81分から途中出場。チームは0-2で敗れたものの、彼自身はコンディションの良さを窺わせた。復帰までおよそ100日。あえてリハビリに長い時間をかけたのだという。

「ずっとグロイン(股関節の付け根)のところ。去年とかも痛みがあったりなかったりの繰り返しだったんですけど、今回は痛みがない状態になるまで我慢して治そうと。本当に痛みがなくなんのかなって思いながらも、結果的に劇的に良くなったんでね。びっくりですよ。ここにきて違和感もリバウンドもない。早く思い切りサッカーがしたいね」

 札幌での暮らしは4年目を迎えた。北海道の風土にもすっかり慣れ、温かい人びとに囲まれて「気持ちよく生活させてもらってる」と満足気だ。

 そしてピッチを離れれば、子煩悩なパパの一面を見せる。さりげなく、家族と妻への感謝を口にする。

「奥さんとはちょうどオランダに行くときに結婚したんです。環境も文化も言葉も分からないなかでよく付いてきてくれたし、支えになってくれましたね。そんななかで子どもができて、最近だと上の子はフラダンスを、下の子はミュージカルをやってるんですよ。それがけっこう刺激になってますね。

 ふたりとも充実してやってるから、ライバルじゃないけど、こっちだって負けられないって気になる。逆にパパがサッカーでいいところを見せれれば、子どもにはいい刺激になるだろうし。頑張んないとなって思いますもん」

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 高校時代から、飾らない男である。人見知りをせず、大きな器で相手を引き込み、しっかり他者の声に耳を傾ける。そしてなにより、根っからの明るい性格の持ち主だ。

 そこにいるだけで場の空気が和み、たちどころに開放感が生まれる。だからだろう。いわゆる黄金世代においては、誰に推されるでもなく、チーム結成当初から不動のリーダーだった。自身はそんな感覚は微塵もなかったようだが。

 小野伸二は小野伸二を、いったいどんな人間だと思っているのか。「どうだろなぁ」と頭を掻きながら、本人が解説を試みる。

「べつに変に飾ることもないし、ありのままですね。普通に喜怒哀楽はあるし、嫌だなって思うこともあるし。ただ、サッカーができるありがたみというのは、ずっと感じてやってきましたね。

 だから来てくれてるファンや出会ったひとは大事にしたいといつも思ってます。僕らの職業ってある意味、いつ終わるか分からないじゃないですか。終わったあとでも愛される人間でいたい。現役時代って誰でも応援してくれると思うんですけど、辞めたあとでも、ひとに愛される人間でありたいんです」

 なんとも、独特の言い回しである。

<♯2に続く>

取材・文:川原崇(サッカーダイジェストWeb編集部)

※4月26日配信予定の次回は、小学校時代の秘話や清水商高での日々に加え、栄光と挫折が交錯した「1999年」の真相に迫ります。こうご期待!

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PROFILE
おの・しんじ/1979年9月27日生まれ、静岡県沼津市出身。小学校時代から天才少年と謳われ、13歳で年代別の日本代表に選ばれるなど異彩を放つ。清水商高時代はインターハイや全日本ユースでタイトルを獲得。1998年に鳴り物入りで浦和に入団し、そのシーズンのJリーグ新人王に輝く。99年のワールドユースで準優勝を飾ったが、その直後の大怪我で長期離脱。後遺症に苦しみ、翌年のシドニー五輪出場を逃がした。2001年夏からはフェイノールト(オランダ)に活躍の場を移し、UEFAカップ制覇など確かな足跡を残す。06年以降は浦和、ボーフム(ドイツ)、清水、ウェスタン・シドニー(オーストラリア)でプレー。そして14年春、札幌入団を果たした。04年のアテネ五輪にOA枠で出場し、ワールドカップは3度経験(98、02、06年)。国際Aマッチ通算/56試合・6得点。Jリーグ通算/209試合・72得点(うちJ1は180試合・63得点)。175㌢・76㌔。O型。データはすべて2017年4月20日現在。公式ブログはhttp://lineblog.me/shinjiono/

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