<松川事件>「世界の記憶」登録へ 国内委へ申請

画像事件の資料を保管する福島大の松川資料室。伊部氏は「記録を後世に正しく引き継ぎたい」と語る=福島市画像列車が転覆した松川事件の現場=1949年8月17日(松川資料室提供)

 戦後最大の冤罪(えんざい)事件とされる「松川事件」の関連資料について、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「世界の記憶」(世界記憶遺産)登録に向け、福島大は、ユネスコ国内委員会に申請書を送付した。国内委は7月ごろ、ユネスコ本部に推薦するかどうかを判断する。

 登録に向けた活動は大学のほか、NPO法人福島県松川運動記念会(福島市)などによる「登録を推進する会」が連携して取り組む。東北線の列車が脱線、転覆した事件の発生から70年の節目となる2019年の認定を目標にする。

 申請資料は福島大の松川資料室が所蔵する約10万点のうち約400点。機関士ら3人が死亡した蒸気機関車の写真や裁判資料、二審で死刑判決を受けた4人らの冤罪の証拠となった「諏訪メモ」など。

 元被告の救済を求め、全国1300カ所以上で展開された松川運動の記録も含まれる。ユネスコの基準を踏まえ、重要性、希少性、完全性、公開性を考慮して厳選した。

 資料室を管理する伊部正之福島大名誉教授(75)は「大衆運動が司法の不正を正した松川運動は今に生きている」と説明。松川事件から学ぶことは今も多いとして「記録を後世に正しく引き継ぎたい」と登録実現に期待する。

 松川事件関連の資料収集は1984年、福島大関係者らが始め、同大は88年、資料室を開設した。世界記憶遺産登録に向け、昨年1月に推進する会が発足。同大と連携して資料整理や申請準備を進めてきた。

 ユネスコの「世界の記憶」に、日本からは支倉常長像など国宝の「慶長遣欧使節関係資料」(仙台市博物館所蔵)をはじめ5件が登録されている。登録は2年ごとで国際諮問委員会が決める。

[松川事件]

 1949年8月17日未明、福島市松川町の東北線松川-金谷川間で列車が脱線、転覆し、機関士ら3人が死亡した。旧国鉄や東芝の労働組合員ら20人が逮捕、起訴され、一審は5人が死刑を言い渡されるなど全員が有罪、二審は4人が死刑判決を受けるなど計17人が有罪となった。被告の冤罪を示すメモが見つかり、最高裁は有罪判決を破棄。61年、高裁の差し戻し審で全員に無罪が言い渡され、63年に確定した。64年に事件は時効となった。

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