薬物依存者へ欠かせぬ支援 大分ダルク設立20周年

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「根気強く支援を続けていきたい」と語る施設長の鈴永貴博さん=大分市

 薬物依存者の社会復帰を支援する民間施設「大分ダルク」(大分市府内町)が、設立20周年を迎えた。これまで延べ千人以上が利用し、リハビリに取り組んできた。4代目施設長の鈴永貴博さん(42)は自らも薬物依存に苦しんだ経験があり、現在はサポート側に回る。「右肩上がりに回復するわけではない。当事者の立場となった根気強い支援が必要だ」と力を込める。

 「いまだに最後に使った覚醒剤が忘れられない」。椅子に座った20代男性のアズさん(ニックネーム)は打ち明けた。効き目はあったが、激しい被害妄想におびえたことも思い出す。「薬をやめたい自分が100パーセント、やりたい自分も100パーセント」。テーブルの回りでは別の利用者やスタッフら6人がアズさんの話をうなずきながら聞いていた。ダルクのグループミーティングの一幕だ。

 大分ダルクは1997年1月に設立。現在、19~52歳の男性5人が、運動や勉強会といった回復プログラムを通じ、社会復帰を目指している。朝9時ごろに集合。昼食を共にして、夜は市内の寮に帰宅する。薬物乱用時の人間関係が回復を阻むため、原則、出身地のダルクには入らない。

 大阪市出身の鈴永さんはスタッフを経て、2010年から施設長を務めている。高校時代に友人の勧めで大麻に手を出した。05年に北九州市のダルクに入り、1年2カ月かけて薬を断つことができた。「梅干しを見て口の中に唾液が出るのと一緒。頭で制御できるものではない」と完治までの難しさを振り返る。

 実際、社会復帰後に再び薬物に手を出してしまったり、施設を抜け出したまま戻らない利用者も見てきた。

 ダルクでは「薬物をやりたいと発言することは悪いことではない」と鈴永さん。自分の思いや欲望を正直にさらけ出し、向き合うことが大切だと強調する。

 「薬物依存は病気。インターネットを利用すれば購入できるし、誰でも当事者となる可能性がある。適切な治療とプログラムを受ければ回復が可能な病気であることを知ってほしい」

 

20日、記念フォーラム

 「大分ダルク」の設立20周年を記念したフォーラムが20日午後1時から、大分市のホルトホール大分である。入場無料。

 テーマは「奇跡の軌跡」。日本ダルク(東京都)の近藤恒夫代表をはじめ、薬物依存に苦しんだ経験のある当事者やその家族が講演する。

 鈴永施設長は「薬物依存がどのような病気で、回復のためにどのような支援があるのか知ってほしい」と、参加を呼び掛けている。問い合わせは大分ダルク(TEL097・574・5106)。

<メモ>

 ダルク(DARC)は薬物・依存・回復・施設の四つの英単語の頭文字を取った造語。重度の覚醒剤依存者だった近藤恒夫さん(75)=東京都=が1985年、東京ダルク(現・日本ダルク)を初めて開設した。取り組みは全国に広がり、80以上の施設がある。大分は12番目にできた。

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