オオヒシクイが日中姿消す 稲敷の越冬地

行動に変化、人や作業の音を警戒か

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稲波干拓地で休むオオヒシクイ(武藤隆一さん提供)

国の天然記念物・オオヒシクイが関東で唯一、越冬のため飛来する稲敷市の稲波干拓地で昨冬、オオヒシクイの「不在」が続いた。越冬期は例年、干拓地内の田んぼで餌を食べ休息して過ごしていたが、昨冬の大半は早朝に飛び立って干拓地を離れ、日中は姿を見せなかった。専門家は、越冬する羽数が増えたことや、越冬期に収穫作業が集中するレンコン畑へ転作が進んだ影響もあるとみている。現地で調査保護活動しているボランティア「稲敷雁の郷友の会」では「数年前と行動パターンが違う」と越冬地の存続を不安視している。 (土浦・つくば支社 鈴木里未)

■安全な一等地

オオヒシクイはガンの仲間で、11月半ばごろシベリアから渡来し、3月上旬まで稲波干拓地で冬を越す。 オオヒシクイは通常、干拓地の田んぼで穂や雑草をついばんだり、眠ったりして一日の大半を過ごす。一方警戒心がとても強く、飛行機や自動車など動くものや大きい音に驚くと、干拓地を飛び立ち、鹿島灘まで「避難」する。

友の会の武藤隆一さん(73)は、「電柱と建物がなくこんな見通しがいい安全な場所はない。だからここはオオヒシクイの一等地で大切な場所」と話す。

■不在が続く

そんな稲波干拓地で日中オオヒシクイが姿を見せなくなったのは、昨年12月ごろから。同12月は1カ月のうち計20日も日中姿を見せず、1月から北へ帰った3月4日までは、雨の日を除いてほぼ全ての日、日中は干拓地を離れた。

昨年12月は、飛び去った原因の6割以上がヘリや作業の音によるものだった。一方1月半ば以降は、原因がないのに、オオヒシクイは餌を食べ終わるとそわそわし始め、毎朝午前6〜8時の間に飛び去り、夕方に戻って来る行動を続けた。

これまでの「避難」とは明らかに違う行動に武藤さんは、「オオヒシクイが『日中は危険で安全でいられない』と学習するようになってしまったのでは」と心配する。

昨冬は県内外から900人以上の愛鳥家が足を運んだが、空振り続き。ほぼ毎週、観察に来ていた東京都の会社役員、鈴木康彦さん(62)は「日の出前に行っていたが、日中となるとほとんどいなかった」と振り返る。

■羽数増も一因

ガン類を調査研究する「雁の里親友の会」(宮城県)の池内俊雄事務局長は、「羽数が増加して餌が限られてくると、人と鳥の距離が短くなる」と「稲波離れ」の背景を説明する。

羽数は2010年まで毎年60〜70羽で推移してきたが、16年には131羽に倍増した。「羽数が少ない時は、人間から離れた距離を保って餌を食べられていたのに、(数が増えると)餌が残された所は、道路や蓮田(はすだ)のそばなど人間と近い場所になる」と池内さん。

これにより、オオヒシクイは、餌を求め人間と距離が近い所まで来ざるを得なくなり、余計人間の動きに敏感になり、飛び立つ反応も早くなる。

また、「あくまで推測」としながら、「干拓地内で稲作から(越冬期に作業が集中する)レンコン栽培へ転作が増加していることも関連しているのでは」とする。

蓮田を中心とした半径約100メートルの範囲は人が出入りするため、警戒心が強いオオヒシクイは周辺に近づかなくなる。「蓮田が1カ所に固まっていればいいがあちこちにできてくると最終的に干拓地が使い勝手が悪い状況になってしまう」(池内さん)。

■稲波以外で分散も

一方、地元の土地改良区は工事や除草を行う際にオオヒシクイの越冬期を避け、作業工程を事前に観察小屋に連絡する。散歩や農作業の人も迂回(うかい)するなど、武藤さんは「地元が理解してくれている」という。

池内さんは「数が増えるのはいいことで、稲波干拓地にとどめる発想から転換するべきだ。稲波以外の所に休耕田を借り上げ、オオヒシクイが餌を食べられる場所を人為的に作り、他に分散させることを考える時期にきている」と指摘した。

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