行間にじむ兵の思い 横浜市史資料室が軍事郵便調査

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 戦時中、出征先の兵士たちが家族や親しい人に宛てた軍事郵便。作戦に関わる固有名詞には伏せ字を使い、現場の息遣いを伝えつつ軍規を意識した慎重な筆運びで検閲をくぐり抜けた様子が、横浜市史資料室による調査で浮かび上がった。研究者は「兵士たちはしたたかに、行間に心情を込めて書いたのでは」と分析する。

 軍事郵便は駐屯地や戦地から、野戦郵便局を通じて送られた専用のはがきや封書。各部隊で検閲した上で、表に検閲済みの検印が押されて届けられた。

 市史資料室主任調査研究員の羽田博昭さん(59)は市民らから提供された軍事郵便を研究するうちに、兵士を取り巻く厳しい状況や戦地の実情が想像以上に生々しく記されていることに気付いた。

 市立桜岡小学校の校長、安室晋治さん宛てに教え子たちが中国大陸の戦地から送った100通以上がまとまって残されていた。その一人、二宮正平さんは1939年、旧ソ連軍と激しく衝突したノモンハン事件に参戦した際の様子を、同年8月10日付の封書に託した。

 戦闘が毎日続く中、同日朝には50メートルほど離れた場所に敵の砲弾が落ち、数人が戦死したと記した上で「行く先々で戦友達の屍(しかばね)を見て暮すも涙の種です」「(私も)胸に弾片が当たりましたが煙草(たばこ)ケースがこわれた外(ほか)傷一ツなくすみました」と自身の近況を伝えた。その上で「是(これ)から○○団本部に連絡に行きます」と部隊名を伏せた。

 軍事郵便では、兵士がいる地名や部隊名を必ず「○○」と表記する慣習があった。軍規に配慮したもので、中国南部に派遣された別の卒業生は「当地の様子は軍規上申し上げ兼ねますれば御容謝(赦)被下(くだ)さい」と記した。このほか、「○○に駐屯警備に付き」「○○方面の戦闘に」といったケースも多い。兵士らが自ら苦心した結果、検閲による墨塗りはほとんど見られなかった。

 日本兵の被害に関する記述は多く見られる一方で、占領地での略奪や住民への暴行には全く触れていない。羽田さんは「前線の兵士は負傷しても弱音を吐くことを許されず、残された家族たちは軍事郵便から相手の心を推し量るしかなかった。アジアを解放するという『聖戦の大義』を共有しつつ、自らの苦労や戦場の実相を伏せ字を使ってでも伝えようとしたのではないか」と話し、今後も分析を進める。

 ミニ展示「軍事郵便と体験手記」は7月13日まで、横浜市西区の市中央図書館地下1階で開かれている。入場無料。問い合わせは、市史資料室電話045(251)3260。

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